災星移居(災星居を移す)(「宋稗類抄」)
実は笑い話ではないのかも。

阪神(セリーグ限定では)強すぎてシャレにならなくなってきたんですけど。
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宋の時代のことでございますが、郎中(六部(省)に置かれる二十四司の長、ということですから、中央省庁の局長のイメージ)の楊叔賢は、四川・眉州の出身です。
ある日の懇談の席上、「わしの田舎では・・・」とこんな話をはじめた。
頃有眉守初視事三日、楽人献口号。其断句云、為報吏民須慶賀、災星移居福星来。
さきごろ、眉守初めて視事して三日、楽人口号を献ずる有り。その断句に云う、「為に報ず吏民すべからく慶賀すべし、災星居るを移して福星来たれり」と。
この間、新しい眉州知事が赴任してきて、仕事をはじめて三日目に、州の楽士たちが即興の歌を披露しにきた。メドレーになっているのですが、その各連のサビの句が共通していて、
―――というわけでお知らせだ、役人も民草も、みんなめでたいめでたい! わざわいの星はどこかに行って、しあわせの星がやってきた!
というのである。どうやらすごく祝ってくれているようである。前の知事がずいぶん問題のあるひとだったのだろう。
新守頗喜。
新守、頗る喜べり。
新任の知事は大変喜んだ。
しばらくして、褒めてやろうと思い、
召優者問前日楽詞口号誰撰。
優者を召して前日の楽詞の口号は誰の撰やを問う。
俳優(「芸人」というとぴったりくるかも)を召して、先日のうたの歌詞を作ったのは誰か、と問うた。
すると、
其工対曰、本州自来旧例。
その工、対して曰く、本州自来の旧例なり、と。
その芸人は答えて言った、「この眉州の以前からの先例でございます」と。
「前の知事の時もそれを歌ったの?」
「はい」
「次の知事が来た時も歌うの?」
「はい」
・・・ということだったそうじゃ。
わははは。
おもしろくない?
それでは、わしが荊州の知事をしたときの話をしてやろう。
時虎傷人。
時に虎、人を傷(そこな)う。
そのころ、トラの害がひどくて、ずいぶん人を殺したり傷つけたりした。
そこでわしは、
就虎穴磨巨崖、大刻戒虎文。
虎穴に就きて巨崖を磨し、戒虎の文を大刻す。
トラの巣穴の前まで行き、岩場の崖を削って、そこにトラを戒める文を大きな文字で刻み込んだ。
そのときは、もちろん、護衛兵や職人を何人も連れて行ったのだ。
其略曰、咄乎爾彪、出境潜游。
その略に曰く、「咄乎(とつこ)、爾、彪(ひょう)よ、境を出でて潜游せよ」と。
だいたいこんなことを書いた。
「ああ、おまえ、トラの親分よ。この州の境から、川を泳いで出ていけ」。
「彪」(ひょう)は、トラに三本毛が生えた特別なトラで、トラさえもびびる強い獣だということは承知の上で、そこらへんにいるトラを敬って「彪」と呼び掛けたわけじゃ。
わしはその後、広西の鬱林に転任した。
こちらはもっと辺境で、トラ以外にもいろんな猛獣がいる。そこで、同じような碑を作って獣どもを追い払おうと思い、後任の趙知事に、先の「戒虎の文」の拓本を送って欲しいと依頼した。
しばらくして、趙知事から封書が来たので、開いて見ると、拓本は入っておらず、報告書が一通入っていただけだった。
某月日、磨崖碑下、大虫咬殺打碑匠二人。
某月日、磨崖碑の下、大虫、打碑匠二人を咬殺せり。
「大虫」はご存じのとおり、「トラ」のこと。
〇月✕日、(戒虎文の)磨崖碑の下で、石碑の拓本取りの職人二人が、トラに咬み殺されました。(よって、拓本はお送りしません)
と。わしの文章はドウブツには伝わらないことがバレてしまったんじゃ。
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清・潘永因編「宋稗類抄」巻六より。「詼諧篇」に入っているので、笑い話、ということのはずです。わははは。おもしろかった? いやしかしもしかしたら何か深い意味を含んでいそうなので、マジメな顔して頷く方がいいでしょうか。
宋代の地方行政の一端がわかる? うーん、こんなことだけしているわけではないと思いますが。日本のはこの本がいいかも。いやまて、考現学的にはこちらにしようかな。
とにかく暑かったので明日(7,7,7)も気をつけましょう。
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