7月6日 今日かなり暑かった。こんなのが続くのか

災星移居(災星居を移す)(「宋稗類抄」)

実は笑い話ではないのかも。

阪神(セリーグ限定では)強すぎてシャレにならなくなってきたんですけど。

・・・・・・・・・・・・・・・

宋の時代のことでございますが、郎中(六部(省)に置かれる二十四司の長、ということですから、中央省庁の局長のイメージ)の楊叔賢は、四川・眉州の出身です。

ある日の懇談の席上、「わしの田舎では・・・」とこんな話をはじめた。

頃有眉守初視事三日、楽人献口号。其断句云、為報吏民須慶賀、災星移居福星来。

というのである。どうやらすごく祝ってくれているようである。前の知事がずいぶん問題のあるひとだったのだろう。

新守頗喜。

しばらくして、褒めてやろうと思い、

召優者問前日楽詞口号誰撰。

すると、

其工対曰、本州自来旧例。

「前の知事の時もそれを歌ったの?」
「はい」
「次の知事が来た時も歌うの?」
「はい」

・・・ということだったそうじゃ。

わははは。

おもしろくない?

それでは、わしが荊州の知事をしたときの話をしてやろう。

時虎傷人。

そこでわしは、

就虎穴磨巨崖、大刻戒虎文。

そのときは、もちろん、護衛兵や職人を何人も連れて行ったのだ。

其略曰、咄乎爾彪、出境潜游。

「彪」(ひょう)は、トラに三本毛が生えた特別なトラで、トラさえもびびる強い獣だということは承知の上で、そこらへんにいるトラを敬って「彪」と呼び掛けたわけじゃ。

わしはその後、広西の鬱林に転任した。

こちらはもっと辺境で、トラ以外にもいろんな猛獣がいる。そこで、同じような碑を作って獣どもを追い払おうと思い、後任の趙知事に、先の「戒虎の文」の拓本を送って欲しいと依頼した。

しばらくして、趙知事から封書が来たので、開いて見ると、拓本は入っておらず、報告書が一通入っていただけだった。

某月日、磨崖碑下、大虫咬殺打碑匠二人。

「大虫」はご存じのとおり、「トラ」のこと。

と。わしの文章はドウブツには伝わらないことがバレてしまったんじゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

清・潘永因編「宋稗類抄」巻六より。「詼諧篇」に入っているので、笑い話、ということのはずです。わははは。おもしろかった? いやしかしもしかしたら何か深い意味を含んでいそうなので、マジメな顔して頷く方がいいでしょうか。
宋代の地方行政の一端がわかる? うーん、こんなことだけしているわけではないと思いますが。日本のはこの本がいいかも。いやまて、考現学的にはこちらにしようかな
とにかく暑かったので明日(7,7,7)も気をつけましょう。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す