4月23日 本を読んで人間性を磨こう

衣服異常(衣服常に異なれり)(「琉球国旧記」)

中身には興味がないことがありえます。

本日は「サン・ジョルディの日」。本来が何の記念日なのかよくわからないのですが、おふらんすの行事で、わが国では本とバラを贈る日、とされて本屋さんが30年ぐらい前に宣伝していました。経済縮小でもう誰も相手にしていないと思いますが・・・。

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むかしむかしの琉球国、

有小波津仁也者、常以耕為業。

小波津仁なる者有り、常に耕を以て業と為す。

小波津の仁という者がいた。耕作を職業としていた。

農民であったということです。

一日自田帰、至恵帽井辺、忽見天女、臨泉沐浴。

一日、田より帰り、恵帽井の辺に至るに、忽ち天女の泉に臨みて沐浴するを見る。

ある日、田んぼから帰ってきて、烏帽子泉(えぼし・がー)の近くまで来たところ、

「お」

誰かが泉の水で行水を使っているようだ。

そっと覗いてみると、

へへへ。こいつはたまげた。天女だぜ。

しかし、彼は、

(ハアハア)

とみなさんのように天女のハダカを覗き見するのではなく、(←おとこ目線!)

其衣服異常。

その衣服常に異なる。

天女が脱いで(そのへんに置いてあった)衣服が、普通でないのに目が行った。

(ああ・・・すてきな服です・・・)

暗暗進歩、従側盗之、蔵在草内。

暗暗として歩を進め、側よりこれを盗み、蔵して草内に在り。

そっと忍び寄って、横からこの服を盗み取り、草の中に隠した。

まったく天女には関心が無いようである。

天女因衣被盗、不能上天。留跡人間、遂与小波津結為夫婦。

天女は衣を盗まるるに因り、天に上るあたわず。人間(じんかん)に留跡して、遂に小波津と結んで夫婦と為る。

天女は衣を盗まれてしまったので、天に上ることができなくなった。人間世界にとどまらざるを得なくなり、やあて小波津とアレをして夫婦となったのであった。

ここからも、小波津が天女そのものを自分のモノにするために衣を盗んだのではないことがわかります。うろうろしている間に天女の方から、(おそらくおどおどしていて御しやすそうな)小波津の家に転がり込んだと見られます。

已歴数年、生一男一女。此女子年已及七八歳、携弟而遊、且歌曰、

すでに数年を歴て、一男一女を生ず。この女子、年すでに七八歳に及び、弟を携えて遊び、かつ歌いて曰く―――

それから数年が過ぎて、オトコの子とオンナの子が生まれた。オンナの子がもう七歳か八歳になったころ、弟と連れ出して遊んでいる時、

「わーん、ねえちゃんがいじめたー」

「うるさいわね、よしよし、歌を歌ってあげるわよ」

と歌を歌った。

母之飛衣、在稲束下。

母の飛衣、稲束の下に在り。

―――かあさまの、空飛ぶ服は、稲の束の下にあるよ。

母聞大喜、開稲束視之、果有飛衣。即穿此衣、挟二子、乗清風而飛去。

母聞きて大いに喜び、稲束を開きてこれを視るに果たして飛衣有り。即ちこの衣を穿(き)、二子を挟みて、清風に乗じて飛び去りき。

二人のおふくろはこの歌を聞いて大いに喜び、早速、稲束の取り除けて下を見ると、確かに空飛ぶ服があった。ただちにこの服を着て、二人の子を抱えると、さわやかな風に乗って、飛び去って行った。

という。

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琉球・鄭秉哲編「琉球国旧記」巻六より。いまの沖縄県西原町、我謝の地に遺るお話でございます。どうみても小波津仁は、中身より衣服に異常な興味を示しています。キモチはわからないでもない、というか、よくわかります・・・よね、みなさんも。(こちらも中身より試合数が大切なのだ。)

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