老成之人(老成の人)(「袁氏世範」)

年を取ると目が見えずらいし、耳も遠いし、外出も、なにより人と話すのが億劫になってきますから、世間のことがよくわからなくなる。若い者の情報量には敵いません。そのため気も短くなるし、すぐに「若いものは怪しからん!」と言い出す・・・というのが肝冷庵の仮説です。

興奮しないでくださいよね。ほんとに説教好きで困るなあ。

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むかしの人たちの通説では、老人は世間のことがよくわかっていることになっていました。
例えば宋代では、

老成之人、言有迂闊、而更事為多。後生雖天資聡明、而見識終有不及。

後生例以老成為迂闊。凡其身試見効之言、欲以訓後生者、後生厭聴而毀詆者多矣。

及後生年歯漸長、歴事漸多、方悟老成之言可以佩服、然已在険阻艱難備嘗之後矣。

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宋・袁采「袁氏世範」巻二「処己」(己を処す(自らがどう振る舞えばいいか))より。だが時代は変わり、今やAIがすべてを知る時代、年寄のたかだか60年や70年ぐらいの知識では太刀打ちできません。しかも年寄はAIを使いこなせないのじゃから、もう若いものに人格識見で勝てない、だから老害として排除されていく―――というふうに考えてみると、いろいろ辻褄が合います。
・・・と、実に遠回しにネット上の知識や政治宣伝に躍らされる人たちを批判してみましたが、迂闊に過ぎて理解できませんよね。(笑)

今月は宮崎にNPB秋季教育リーグを見に行こうかと思ったのですが、高い!と驚くぐらい飛行機もホテルも高いのでもう断念。生活者としての体感インフレすごい。統計インフレ(国の発表)の数十倍ではないだろうか。無告の民の声は届かぬ時世、もはや学生野球に専心してまいる所存。若い者から老害また来ていると毀詆されることになるかも。

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