我不至此(我此こに至らず)(「後山談叢」)

もう鳴りませんよ。

もう鳴らないのか、もとから鳴らないのかはだいぶん違うでジェー。

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宋の時代、蘇東坡先生が新党派の攻撃で黄州に飛ばされ、そこから少し待遇が上がって汝州に移されたとき、金陵(南京)に隠棲していた新党派の領袖・王安石のところに立ち寄った。

王安石は言った、

王安石は大げさですが、本心でしょう。政敵ですがお互い尊敬しあっていたと言われます。

これに対し東坡先生は言った、

これには撫州の人も感激して、富豪の青年に物を見せた。

「音が出ないではないか」

とうとう買わずに帰ってしまった。

さてこの革鼓、むかしは鳴ったのだろうか。それとも、最初から鳴らなかったのだろうか。

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宋・陳師道「後山談叢」巻六より。鼓がもう鳴らないので捨てられたことを嘆きながら、水が出たり入ったりのゴボゴボを鼓の音と理解するレベルの持ち主も批判して、二人で大笑いしたのか、それほ表面だけでいけすかないヤツで終わったのか、知識人同士のおもしろいお話しでした。真似してはいけません。なお肝冷庵はもとから鳴らないの捨てられたものであり、社会を恨んでは居りませんぞ。

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