足間青草生(足間に青草生ず)(「寒山集」)
忘れたり落としたりしたものを探して忙しいです。比喩ではなくて物理的にです。

「まじめに」が「適法に」の意味ならなんとかやっとるが、「真摯に」の意味ならやっとらん。タイホ(退歩)している。
「ならばおまえはタイホ(逮捕)でパト」「うわー」と捕まるかも。
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時間あまりないのになあ。
有身与無身、是我復非我。
有身なるか無身なるか、これ我なるか我に非ざるか。
この身は存在しているのかいないのか。
わたしはさっきまでのわたしと同じものなのか違うものなのか。
如此審思量、遷延倚巌坐。
かくの如く審らかに思量し、遷延して巌に倚りて坐す。
こんなことをまじめに考えこんで、
ぐずぐずと岩に寄りかかって座っていた。
その間に、そこそこ長い時間が経ったので、
足間青草生、頂上紅塵堕。
足間に青草生じ、頂上に紅塵堕つ。
足の間から緑の草がどんどん延びてきた。
頭の上には茶いろの汚れた塵が積もっていた。
已見俗中人、霊牀施酒果。
すでに見る、俗中の人、霊牀に酒果を施すを。
もう俗世間にいたひとたちは、
棺桶の中に入ってお酒やお菓子を奉られているなあ。
そういえばわしは何を悩んでいたんだっけ。
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「寒山集」より。俗世間にいた人は「まわりに引きずり回されているばかりでは長生きしてものう」と思って早めにひきあげてしまったのかも知れません。人生的には「退歩」したんでしょう。
待てよ。「退歩」したら停止ではない気がするのですが、退歩と停止はどちらがいいのだろうか。もちろん、資本主義や会社や株式やそんなのとは無関係に。人工知能に聴いてみようかな。
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