過用目力(目力を過用す)(「分甘余話」)

「めぢから」というとぎろぎろにらむ力を言うようですが、本来は目の「見る」能力、すなわち視力のことです。

田舎のバスは窓がしまらなかったそうですが、このUFOも母星が財政破綻かなんかで風防ガラスも買えないのであろう・・・いや、透明の高いやつが入っているのかも。未確認でよく見えません。

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わたしは清のひとですが、宋・葉夢得「避暑録話」に言う、

平生用目力常数倍於他人、安得不敝。

ほんとに目が疎くなってきました、というのである。

因歴稽古左丘明、杜子夏、鄭康成、高堂隆、左太冲諸人、皆以読書致然。

余自幼小、凡博奕諸戯、一無所好、唯嗜読書、雖官戸部侍郎、刑部尚書最繁劇之地、下直亦手不釈書巻也。

わざわざ「下直したときは」というところを見ると、勤務中も読んでたのではないかと思います。が、如何か。

自甲申帰田六年矣。目力益昏。始悔少壮之過用其力。

然老矣、終亦不能廃書也。

これはどうも苦労自慢しているみたいですね。黙って聞いてて損をしたかも。

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清・王士禎「分甘余話」巻一より。使い過ぎると弱ってしまうのでしょうが、一方、使ってないと衰えるらしいです。ほんとにもう最近は頭を使わなくていいのでどんどん衰えてきてもうダメなのですが、いまだに気は使わねばならず、心はどんどん弱ってきてもうダメかも。みなさんはどちらがより衰えてますか。

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