過用目力(目力を過用す)(「分甘余話」)
「めぢから」というとぎろぎろにらむ力を言うようですが、本来は目の「見る」能力、すなわち視力のことです。

田舎のバスは窓がしまらなかったそうですが、このUFOも母星が財政破綻かなんかで風防ガラスも買えないのであろう・・・いや、透明の高いやつが入っているのかも。未確認でよく見えません。
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わたしは清のひとですが、宋・葉夢得の「避暑録話」に言う、
平生用目力常数倍於他人、安得不敝。
平生、目力を用うること常に他人に数倍すれば、いずくんぞ敝せざるを得ん。
普段、目の力を使うこと、つねに他人の数倍であるから、どうして衰え破れてしまわないことがあろうか。
ほんとに目が疎くなってきました、というのである。
因歴稽古左丘明、杜子夏、鄭康成、高堂隆、左太冲諸人、皆以読書致然。
因りて古を歴稽するに、左丘明、杜子夏、鄭康成、高堂隆、左太冲諸人、みな読書を以て然るを致すなり。
そういわれて、歴史上の人物をかんがみるに、
春秋左氏伝を著した(と伝説のある)左丘明
漢代に学問を好み謀をよくした杜欽(字・子夏)
後漢末に多くの経書に注釈し、漢代訓詁学を完成させた鄭玄(字・康成)
三国・魏の儒者・高堂隆
晋代に「洛陽の紙価を高からしめた」名文家・左思(字・太冲)
らは、みな盲目(または片目を失明)したというのは、読書のしすぎでそうなったのであろう。
余自幼小、凡博奕諸戯、一無所好、唯嗜読書、雖官戸部侍郎、刑部尚書最繁劇之地、下直亦手不釈書巻也。
余、幼小より、およそ博奕の諸戯は一も好むところ無く、ただ読書のみ嗜み、戸部侍郎、刑部尚書の最も繁劇の地に官するといえども、下直すればまた手に書巻を釈(お)かざるなり。
わしは、小さいころから、麻雀や囲碁将棋といった遊びには一つも興味を惹かれなかったが、ただ読書だけが大好きだったんじゃ。民部省の次官や法務省の大臣といった忙しいとされる職に就いている時も、務めが終わって家に帰ると、また手から書物を放すことはなかった。
わざわざ「下直したときは」というところを見ると、勤務中も読んでたのではないかと思います。が、如何か。
自甲申帰田六年矣。目力益昏。始悔少壮之過用其力。
甲申に帰田せしより六年なり。目力ますます昏し。始めて少壮のその力を過ぎて用うるを悔ゆ。
康煕甲申年(四三年・1704)に辞職して田舎に帰ってきてから六年になる。(その間またすごく本を読んでいたので)視力はどんどん見えなくなってきた。はじめて、若いころにこの力を使い過ぎたのだなあ、と後悔しはじめたものである。
然老矣、終亦不能廃書也。
然るに老いたるも、ついにまた書を廃する能わざるなり。
じゃが、年をとっても、どうしても読書を止めることはできませんでしてのう。
これはどうも苦労自慢しているみたいですね。黙って聞いてて損をしたかも。
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清・王士禎「分甘余話」巻一より。使い過ぎると弱ってしまうのでしょうが、一方、使ってないと衰えるらしいです。ほんとにもう最近は頭を使わなくていいのでどんどん衰えてきてもうダメなのですが、いまだに気は使わねばならず、心はどんどん弱ってきてもうダメかも。みなさんはどちらがより衰えてますか。
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