荒村一釣徒(荒村の一釣徒)(「魯迅詩話」)
誰にも怒られないのはすばらしいです。しかしこの人の詩を安易に引いていると怒られるかも知れません。

ほんとは我々も、前門のウミヘビ、後門のウツボに挟み撃ちにされて、明日か明後日ぐらいには滅亡する運命なのかも知れないのですが、とりあえず気づいてないので大丈夫でしょう。ああよかった。
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煙水尋常事。
荒邨一釣徒、
深宵沈酔起、
無処覓菰蒲。
煙水は尋常の事なり。
荒邨の一釣徒、
深宵に沈酔より起き、
菰蒲(こほ)を覓(もと)むるの処無し。
水面にもやがかかっているのはいつものことだ。(この国の先の見通しなどつかぬのだ)
荒れた村の一人の漁師(それがおれだ)は、
真夜中に(舟の上で)深い酔いから醒めて、
(寒いので)コモかガマをひっかぶろうとするのだが、どこにあるのやらわからん。
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本朝・高田衛「魯迅詩話」より。魯迅の旧体詩は42篇あるのだそうで、専門の詩人ではないが、民国の名手の一人に数えられるそうです。この詩は、1933年12月30日に書かれたのだそうで、立派なものですね。一年もほぼ終わりの感懐なんだと思いますが、荒れ果てたチャイナでは日中戦争第二年目、ちょうどこの日、汪兆銘がハノイで近衛声名受け入れを表明しています。まだそのニュースは上海の魯迅には伝わっていないでしょう。
8月も終わるので、引用してみました。わたしは革命も抗戦も抱えてないのでなんの悲壮感もありません。おおっと、岡本全勝さんにおそらく褒められています。ちゃんと役に立つHP「自治体のツボ」さんと並称されるという厚遇、いたみいります。平和な世の中でよかった。

おれはどくろギツネでコン。これから年末にかけて✕✕は〇〇し、△△が◇◇するから、■■は◎◎してしまうかもね。
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