聞叩門声(門を叩くの声を聞く)(「宋稗類鈔」)
もうイヤなので平日なのにどこかに行っております。それで予定稿になっております。

うみぼーじは夜の海の彼方から、じっと見つめて来るぞ。
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一昨日登場しました南宋の史弥遠さまだが、
弥遠死已久。
弥遠、死してすでに久し。
彼が亡くなって(1233年)から、かなりの日が過ぎたころのことだ。
一夕其家聞叩門声。曰、丞相帰。
一夕、その家、門を叩くの声を聞く。曰く、「丞相帰れり」と。
ある晩、彼の家の人たちは、門が叩かれ、お客が呼ぶ声を聞いた。その先払いの者は、
「丞相さまがお帰りじゃぞ!」
と呼ばわったのである。
挙家駭匿。比入門、灯轎紛紜。升堂即席、子婦皆出羅拝。
挙家、駭匿す。入門の比、灯轎紛紜たり。升堂席に即き、子婦みな出でて羅拝す。
家中の者はびっくり仰天し、隠れようとしたが、門から行列が入ってきた。(大行列なので)灯火や轎(かご)が大混乱である。やがて丞相は正堂の一番上座に着き、子どもやヨメたちが集まってきて、みな一同で拝礼した。
訊慰平生、歴歴嘱家事。
平生を訊慰し、歴歴として家事を嘱す。
弥遠(の霊)は日常の状態を訊ね、その様子を聞いて苦労をねぎらった。その後、家のことをいろいろ、明確に、ああしろこうしろと頼んだ。
それから、
索紙筆題詩云、
冥路茫茫万里云、妻孥無復旧為群。早知泡影須臾事、悔把恩仇抵死分。
紙を索(もと)めて題詩を筆して云う、
冥路茫茫として万里と云い、妻孥また旧の群を為す無し。
早く泡影は須臾の事と知り、恩仇を把りて死分に抵(あ)てんとするを悔ゆ。
と。
紙をくれ、というので渡すと、それに筆で詩を書いた。
あの世のみちははるかに遠く何万里といい、
女房とも子どもたちとも以前のように会うことができぬ。
もはや泡が水中につくる影のような人生があっという間のものであることを知って、
恩義のあるやつ憎たらしいやつを把握して死んでからどうしようこうしようと思っていたことが後悔されてしようがない。
なるほど。
この詩、史家に長く遺っていたとも、翌朝その紙を見ても何も書いてなかったとも伝わっております。
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清・潘永因「宋稗類鈔」巻六「憂悔篇」(後悔して憂鬱になるシリーズ)より。生きていたときのことを後悔しております。一昨日の生きていたときより生き生きした人に見えますね。
みなさまの家の門、今夜にも誰かが叩いて
「肝冷斎じゃ!」
「ええ!? 肝冷斎はたしかもう・・・」
と呼ばうかも知れませんよ。
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