白雲常自閑(白雲常に自ずから閑なり)
なかなか眠れないなら、開き直って白雲の数でも数えるしかないのだ。

「おれに勝てるかな」とは誰に言っているのだ? とトラに言われたらどうするのか。シーサーなら大丈夫かも。
いずれにしろ「処暑」です。ああもう暑いことはないのだ。明日大分で40度の予想が出ているがそんなことは無いということだ。
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徹夜しといて昼間居眠りしてればいいか、という気もいたします。世俗社会にいたままなら焦ったかも知れませんが、今はもう寒山におりますので、心は自ずからのどかです。
可重是寒山、白雲常自閑。
重んずべきはこれ寒山、白雲常に自ずから閑なり。
まったく寒山という山(寺)は大したものである。
いつも白雲が自然にのどかにかかっているのだから。
人間世界からは離れているのです。
猿啼暢道内、虎嘯出人間。
猿は啼きて道内に暢び、虎は嘯(うそぶ)きて人間(じんかん)に出づ。
サルは鳴きながら、寺域を好き放題にめぐり、
トラは長々と吠えて、人間世界に姿を見せる。
サル害やトラの恐怖で、世俗の人は
「ど、どこがのどかなのだ、あわわわ、せ、責任はきみにあるのだぞ!」
と嫌がるかも知れませんが、俗世を超えた者にはすべて友だちです。
独歩石可履、孤吟藤好攀。
独歩すれば石履むべく、孤吟すれば藤も好(よ)く攀ず。
ひとりで散歩していれば、ちょうどいい具合に「踏んでくれ」と石が並んでいる(ように見える)。
ひとりで歌でも歌っていると、藤のつるも気持ちよさそうに攀じ登っている(ように見える)。
こちらの思い込み、というのは容易いことですが、没入すれば山が受け止めてくれると考えよう。
松風清颯颯、鳥語声官官。
松風は清くして颯々(さつさつ)、鳥語は声官官(かんかん)。
「官官」は鳥の鳴き声です。ここでは「かあかあ」にしておきます。
松を吹く風はさつさつと清々しく、
鳥たちはかあかあと何やら話しかけてくる。
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伝・唐・寒山等「寒山詩」より。山中はすばらしいなあ。翻って、苛政はトラよりも酷なり、人間の社会はなんと恐ろしいものでありましょうか。阪神ごときの及ぶところではありません。
今や我が国は年寄の叡智にあふれた国になってもおかしくないのですが、わしら年寄の質が格段に落ちておりますじゃでのう。うっしっし。
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