亡国之社(亡国の社)(「韓詩外伝」)
心身ともに弱まり、眠い、体重増、血圧上昇、やる気ないなどの症状が出ております。

今や「社会の敵」とまで成り上がった感のあるくまでクマ。いのしし、さる、しか、きょんなどの害獣を押し退けたのだ。外来害獣ネコも駆除するでクマー。
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(このままではオレはダメになる。なんとかしなければ・・・)
と思ったのかどうか知りませんが(おそらく思ってないと思いますが)、春秋の名君・斉の桓公(在位前685~前643)が宮殿の外に出かけた。
すると、
遇一丈夫襃衣応歩、帯著桃殳。
一丈夫の襃衣して応歩し、桃の殳(しゅ)を帯著せるに遇う。
「襃」(ほう)は「褒」(ほう)と同じ、「褒める」という字ですから、ここでの意味は「褒められるような」「かっこいい」ということになります。
ところで、この二つの字は、「衣」にくるんだ「呆」を左から「手でつかんでいる」か「人が支えている」かの違いですが、何を持っているのでしょうか。「呆」は字義的には「某」の古字とされ、「某」は本来は「梅の木」です。ただし、この「褒」とか「保」の字の中の「呆」は少し字形が違ったようで、「襁褓」をしている頭の大きいもの、つまり赤ん坊、ではないかと思われます。
「応歩」は、「禹歩」すなわち片足で歩いたり両足になったりして大地を踏み固めるしぐさです。お相撲さんの土俵入りがその名残だと言えばイメージがつきますでしょうか。
「殳」(しゅ)はさすまたという武器を表しますが、めんどうなので「杖」だと思ってもらえればいいと思います。
一人の男が、目立つ着物を着て、四股を踏んで歩いていた。桃の枝を杖にして、帯の間に着けている。
桓公怪而問之、曰、是何名、何経所在、何篇所居、可以斥逐、可以避余。
桓公怪しみてこれに問いて曰く、「これ、何と名づけ、何の経に在る所ぞ、何の篇に居る所ぞ、以て斥逐すべく、以て避余すべきか」。
桓公は不思議に思って訊いてみた、
「いったいお前のやっていることは何ということなのか。どんな経典に書いてあるのか。どの章に書いてあるのか。それによって何かを退け放逐できるのか、何かを避けて除外できるのか」
「余」は「除」ですね。
おとこは答えて言った、
是名戒桃。
これ、戒桃と名づく。
これは「いましめのモモ」と言われる儀礼でございます。
「戒桃」には異説があって、「戒」は「弐(=二)」の誤りで、「二つの桃」(先が二股に割れた桃の枝)を指したともいいます。あんまり本文に関係ないけど。
桃之言亡也。夫日日慎桃、何患之有。
「桃」の言たるや「亡」なり。それ日日に「桃」を慎めば、何かこれ患い有らん。
「桃」(とう)というコトバは「亡」(ぼう)と同じなのです。毎日毎日、「桃」すなわち「亡」、いつ滅びるのであろうか、いつ滅びるのであろうか、と考えて慎重になっていれば、心配事など起こることはございません。
故亡国之社以戒諸侯、庶人之戒在於桃殳。
故に亡国の社は諸侯を戒め、庶人の戒は桃殳に在り。
されば、各諸侯国には既に滅んだ国の神社が遺されているが、これは桓公さま、あなたさまを含めた今の諸侯たちへの戒めでございます。(体制が滅びたことがある、という事実を明らかにするものだからです。)そして、庶民の戒めはこの桃の杖なのです。
桓公説其言、与之共載。
桓公その言を説(よろこ)び、これと共に載せらる。
桓公さまはそのコトバを喜ばれ、おなじ馬車に乗せて宮殿にお帰りになった。
来年正月、庶人皆佩。
来年正月、庶人みな佩せり。
翌年の正月になると、人民たちはみなこの桃の木の杖を腰からぶらさげていたという。
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漢・韓嬰「韓詩外伝」巻十・十五章より。わたしどもは桃の枝だけでいいんで、難しいことはみなさんで。かくしてどんどん分断されていきます。
クールジャパンの中身はともかく、損したらいかんのでしたっけ。いかんのなら誰か責任者出てこい。
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