小説付会(小説の付会なり)(「分甘余話」)
世界ネコの日です。イエネコは世界ではいいんですが、我が国にとっては、稲作と一緒に入ってきたにっくき外来生物で、最近在来生物を滅亡させているんです。コメと同様弥生時代からの外様なので、長い弥生時代が終わって農村も民俗文化も壊れた今、不要になったので、本国に還されるんだと思います。最近の主食や〇〇家の扱いを見ていたら、みんな一連のことだと思えてきました。弥生人のみなさんもです。ごくろうさまでした。
我が国の第二世界は弥生型社会主義だったのでは。

おつゆさんも明代小説「剪灯新話」からの外来生物だから、駆除だ! と言っても、カランコロンとどこまでも追ってくるぞ!
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わしは清代の知識人なのですが、
小説言明州有人泛海遇風、泊一島、見宮殿巍煥、如王公之居。
小説に言うに、明州に人有りて海に泛びて風に遇い、一島に泊するに、宮殿の巍々として王公の居の如きを見たり。
最近はやりの小説なるものを読んでいたら、こんな話があった。
浙江の明州(寧波のことです)の人が海上で風に吹かれて漂流し、ある島に流れ着いた。その島には巨大な宮殿があって、王さまか公爵さまが住んでいるのかと思うほどであった。
堂上一老人拠榻而坐、有烏巾者二三百人侍側。
堂上に一老人、榻(しじ)に拠りて坐し、烏巾の者二三百人、侍側する有り。
正堂の一番上のところには、一人の老人が長椅子にもたれかかって座っている。その周りには、黒いきれの冠をつけた者がニ三百人控えているのであった。
「烏巾」は隠者や道士のつける頭巾です。
問之、曰唐相裴休也。
これを問うに、曰く、唐の相・裴休なり、と。
(まわりの人に)その人は誰かと訊くと、「唐の宰相であった裴休(791~864)さまだよ」と教えてくれた。
唐の後半期の政治史に詳しい五代・孫光憲の「北夢琑言」によれば、
裴相国休、師圭峰密禅師、自願世世為国王、弘護仏法。
裴相国休は圭峰密禅師を師とし、自ら世世国王と為りて仏法を弘め護らんと願えり。
宰相の裴休さまは、圭峰宗密禅師を師とし、自らこれから何度も世俗の支配者に生まれ変わって、仏法を広め、また守護したい、と願われたのである。
後于闐王生一子、手文有裴休二字、聞於中朝。
後、于闐(うてん)王一子を生ずるに、手に文、裴休二字あり、と中朝に聞す。
その後、西域のホーテンの王さまに子どもが生まれた。赤ん坊がその手を固く握ったままなので、それを開かせてみると、てのひらに模様がついている。
「これはチャイナの文字ですな」
「いったいなんと書いてある?」
「はて・・・。「裴」と「休」?」
そのこと、ホーテン国から唐朝廷に連絡が来た。
―――ちょっと待ってくだされ。
とわしは訊いた。
然則裴所証仙耶、仏耶。
然れば裴の証するところは仙や、仏や。
そういうことですと、裴休さまは一体どの教えの理論を証明されたのですか。仙人になるという道教の教えか、外護の王となる仏法の教えか?
あるいは、
抑皆小説付会耶。
そもそもみな、小説の付会や。
「もともと全部、小説のこじつけ話なのですか?」
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清・王士禎「分甘余話」巻四より。著者は清一代の正宗(正統派)と言われる詩人・文化人です。とはいえ、この本は七十歳を過ぎてから書いており、あちこちに病気や耄碌の話題が出てきます。年取って目もしょぼしょぼしてきて、仕方なくこんなわかりきったことを書いているのだと思います。小説ネタで書いて小説がでっち上げかも、なんて、週刊誌ネタで国会質問するみたいなことですが、それでもまさか災害地視察動画をあんなに作りこんでくるとは予想もできなかったことでしょう。
被災者さんは「至れり尽くせり」で「にほん人でよかった」んだそうです。よかったです。
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