圧殺五丁(五丁を圧殺す)(「華陽国志」)
今日のお話はチャイナ古典で屈指のおもしろいお話だと勝手に思っているのですが、みなさまにおかれては如何。

耳無し芳一もオモシロいお話ですが、大らかさに欠けますね。
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周の顕王の二十二年、といいますと、もう戦国時代も半ば、紀元前347年に当たります。この年、
蜀侯使朝秦。
蜀侯、使いして秦に朝す。
蜀の領主が、使いを秦に送ってあいさつしてきた。
それ以降、秦は蜀を何とかして服属させたいものと考えた。秦の恵王(在位前337~前311)の時代になると、
恵王数以美女進、蜀王感之故朝焉。恵王知蜀王好色、許嫁五女於蜀。蜀遣五丁迎之。
恵王しばしば美女を以て進め、蜀王これに感じて故に朝せり。恵王、蜀王の好色なるを知り、五女を蜀に許嫁す。蜀、五丁を遣わしてこれを迎う。
恵王は何度も蜀王に、秦には辺境の蜀にはいない美しい女がおり、ぜひお勧めしたいものだ、と言い送っており、蜀王はそれに反応して使いを送ってきていたのである。
恵王は蜀王が女好きなのを認識し、五人の女をお送りしようと約束した。(秦と蜀の間は道が険しく、女性だけで来るのはムリなので)蜀は五人の勇者(力持ち)を派遣して迎えに来たのである。
還到梓潼見一大蛇入穴中。一人攬其尾、掣之不禁。
還りて梓潼(しどう)に到るに、一大蛇の穴中に入るを見る。一人その尾を攬(と)り、これを掣(ひ)くも禁(とど)めず。
出迎えて帰ってくる途中に、梓潼という難所まで来た。一匹の大きなヘビが一行を見て、あわてて穴の中に逃げ込もうとするのを見つけた。五人のうちの一人がそのしっぽをつかまえて引っ張り出そうとしたが、止めることができない。
「おい、手伝ってくれ」
至五人相助大呼抜蛇、山崩。
五人、相助けて大いに呼びて蛇を抜くに至り、山崩れたり。
五人が助け合って、大声を出しながらヘビを引っ張り出した!―――すると、山が崩れてきたのであった。
時圧殺五人及秦五女并将従。
時に五人及び秦の五女、并せて将従せるを圧殺せり。
山崩れは、いちどきに、五人の勇者と秦の五人の女と、それに引き連れてきた者たち、を押しつぶして殺してしまったのである。
而山分為五嶺、直頂上有平石。蜀王痛傷、乃登之因命曰五婦冢山。其山或名五丁冢。
而して山分かれて五嶺と為り、直に頂上に平石有り。蜀王痛く傷(いた)み、すなわちこれに登りて、因りて命じて「五婦冢山」と曰えり。その山、或いは「五丁冢」と名づけらる。
こうして、山は五つの峰に分かれ(、その間を通って行き来できるようになっ)た。最高峰の頂上には平らな岩があって展望が利いた。蜀王はたいへん心を痛めて、この岩の上に登り、見渡した五つの峰を「五人女の墓標」と命名なさった。この山は、「五人勇者の墓」とも呼ばれているのである。
わざとマジメくさって「である」調で書いてみましたが、大らかで楽しいお話ではありませんか。
この五丁が山を崩したおかげで秦と蜀の道が通じ、後にこれに沿って秦が軍を送ったので、蜀は秦に併合され、その豊富な鉄や絹布の生産が、秦の天下統一のための資金となった・・・というのであります。
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晋・常璩「華陽国志」蜀志より。神話伝説はこうでなくては、という荒唐無稽の楽しいお話でした。
「やめてくれにょろ」と言っている大蛇を自分で引っ張って自分で崩れた山の下敷きに、という物語の構造は、繰り返される社会や経済の崩壊についての、比喩的な神話的原型として何やら納得させられるではありませんか。すごい勇者(改革者・総理など)が現れて、大改革を行って、それ故に国家が潰滅していっても、それはわれらの文明にもともと組み込まれた「システム」なんです、と思えば笑いながら滅んでいくこともできましょう。
今、トランプさんたちと一緒にやってるやつが、それかも知れませんよ。
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