鼎鼎百年中(鼎鼎たり百年の中)(「陶淵明集」)
ばててきましたね。しかし昨日よりは少し涼しかったのでは。

この世には表があれば裏がある、ものでございますが、「裏」日本にも輝ける時代があったなんて!
東京一極集中(※)主義者には許せないのでは?
※この言い方も現状を否定的に表しているので主義者的にはよくないらしいです。
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南朝の宋の時代のことですが、
道喪向千載、人人惜其情。
道の喪われて千載に向(なんな)んとし、
人人その情を惜しむ。
道理の世の中は(孔子の少し前に)損なわれ、それからもう1000年経とうとしている。
ひとびとはその真情を現わすことを惜しんで、素朴な心を見せられない時代だ。
こんな時代では、
有酒不肯飲、但顧世間名。
酒有るも肯えて飲まず、
ただ世間の名を顧みるのみ。
お酒があっても誰も飲もうとしないのだ。
何ゆえなら、みんな世間での名声や批判を気にしているばかりだから。
しかしながら、
所以貴我身、豈不在一生。
我が身を貴ぶ所以(ゆえん)は、
あに一生に在らずや。
自分の体が大切でしようがないのは、
この人生が一回きりしかないからではないのか。
一生復能幾、倐如流電驚。
一生また能く幾ばくぞ、
倐(しゅく)として流電の驚(はため)くが如し。
その一生もまたいったいどれぐらいあるというのか、
あっという間、いなずまが走り去るようなものではありませんか。
ああ、ぽんぽん(と、腹鼓み)。
鼎鼎百年内、持此欲何成。
鼎鼎(ていてい)たる百年の内、
これを持して何をか成さんと欲するか。
どんどんと過ぎ行くわずか百年の間に、
世間体などを大事して、いったい何をしようとするのか。
わしはそんなことはしませんぞ、と言いたいようです。みなさんはどうしますか。
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宋・陶淵明「飲酒」其三。「酒を飲む」のうた、と言いながらこの詩では「あえて飲まない」ままなので、しらふでぶつぶつ言っている感じが出てていい詩ではありませんか。
ところで、「鼎」(てい)は三足・両耳(耳はなべつかみのところ)の青銅のナベを横から見た象形文字で、そのまま「鼎」という部首になります。字書を引いても「目」部には入っていません。「鼎鼎」と二字続けた例は「礼記」檀弓篇にあって、
喪事鼎鼎、爾則小人。
喪事に鼎鼎たる、しかればすなわち小人なり。
葬式の時に「鼎鼎」しているようであれば、その人はつまらぬ人だ。
とあり、注疏には曰く、「鼎鼎」は
形体寛慢也。
形体の寛慢なるなり。
からだがくつろいでしまりがない様子である。
とあります。「だらだら」という感じでしょうか。「康煕字典」を開いてみると、「礼記」の事例も踏まえながら、
鼎鼎大舒也。
鼎鼎は大舒なり。
「鼎鼎」(ていてい)というオノマトペは、おおいにゆったりしている、という意味だ。
と言っています。「青銅のなべ」は叩くと「どろん、どろん」とのんびりした音が出る、のかも知れません。
さらに「諸橋大辞典」引こうかと思いましたが、どこにあるかは分かるのですが、すごい多くの本の奥の方であり夜やる仕事ではないので止めておきます。チャイナの人や地名の固有名詞が載っててありがたい辞書なんですが、今はグーグルやAIで固有名詞すぐ引けちゃうので、需要が減ってしまったんだと思います。AIにはできない漬物石の仕事は需要あるかも・・・。
ただし、「康煕字典」の「大いにゆったり」ではこの詩の内容にそぐわないので、豹軒・鈴木虎雄の解である「さしせまるさま」を取らせてもらって、「どんどんと過行く」と訳させていただきました。
なお、止軒・諸橋徹次は新潟南蒲原郡(→三条市)のひと、明治16年(1883)~昭和57年(1982)、昭和40年文化勲章。鈴木豹軒は新潟西蒲原郡(→燕市)のひと、明治11年(1878)~昭和38年(1863)、昭和36年文化勲章。明治越後の経済的・文化的な豊かさを抜きにしてはあり得なかった人たちでありましょう。
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