如子孫然(子孫の然るが如し)(「後山談叢」)
多くの県で出生率が上がったそうです。本当ならすばらしい。・・・実際にはこんなからくりでちっともすばらしくないようです。

天空で一番明るい恒星シリウスには、小さな伴星シリウスBが伴われている。孫みたいなものかな。明るさはすごく違うんですが、重さはそんなに変わらないそうで、Bがじいさんで孫が大きくなった状態か。
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宋の時代、蘇州の壺公観という道教のお寺に大木があった。
世亦莫能名也。高数十尺、其枝垂入地。
世、また能く名づくるなきなり。高さ数十尺、その枝垂れて地に入る。
世間には、この木の名前を言える人はいなかった。高さは十メートルぐらい(で高い木とはいえないのだが)、その枝が垂れて地面に入り込んでいる。
有枝復出為木、枝復下垂、如是三四、重囲環列、如子孫然。
枝のまた出でて木と為る有り、枝また下垂し、かくの如きこと三四、重囲して環列し、子孫の如く然り。
この枝がまた地上に出てきて幹になり、その枝がまた下に垂れ・・・こんなことを三四回も繰り返して、元の木のまわりを何重にも囲んで輪になって並び、まるで子や孫が祖父の周りに行儀よく座っているようであった。
世伝漢費長房遇仙者処、木即懸壺者。
世に漢の費長房の仙者に遇える処、木は即ち壺を懸くるものなり、と伝う。
地元民たちは、ここは漢の時代、費長房が壺公という仙人と出会ったところで、この木こそ壺を懸けたものだ、というのである。
費長房が役所の窗から見ていると、壺売りのじいさん、もうお客がこない時間になると、なんと、その壺の中に入ってしまった。
次の日、費長房が壺売りのじいさんに向かって、自分の見たところを話すと、じいさんは壺の中に連れて行ってくれた。そこには地上とは違う別天地があったーーー「壺中の天」というお話ですが、その現場がここであるというのだ。
沈丘令張戣、閩人、為余言。
沈丘令・張戣は閩人なり、余のために言う。
沈丘の知事、張戣(ちょう・き)は福建の人、わたしにだけ聴こえるようにそっと言った。
乃榕木也。嶺外多有之、其四垂旁出、無足怪者。
すなわち榕木なり。嶺外に多くこれ有り、その四垂旁出するは怪しむに足る無きものなり。
「これは、ガジュマルだぞ。南嶺山脈以南の広州や福建では普通に見かける木で、四方に枝が垂れて地面に入ってからまた伸びて来るのは、特に不思議でも何でもない。
唐・柳宗元の詩に云う、
榕葉満庭鶯乱飛者是也。
榕の葉庭に満ちて鶯乱れ飛ぶ、というはこれなり。
「ガジュマルの葉は落ちて庭に満ち溢れ、おおウグイスは乱れ飛ぶよ」と言っているのはこの木のことなのである。
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宋・陳師道「後山談叢」巻四より。どんな木なのでしょうね。見に行きたいなあ。
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