螻蟻之穴(螻蟻(ろうぎ)の穴)(「韓非子」)
岡本全勝が長屋聡さんの論文を紹介してくれています。「マイクロマネジメント」か。これは勉強になります。・・・だが、もう遅いかも。
ただし、細かいことをいう上司に「細かいこと言うなよ」と言うと、以下のように反論されるかも知れませんので気をつけてください。

あわわ、肝冷斎よ、↓こんなことを書いていたら友人を何人か無くすかも知れんのう。いないからいいのか。
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戦国の末のひとが言うには、
起事於無形、而要大功於天下、是謂微明。処小弱而重自卑、謂損弱勝彊也。有形之類、大必起於小、行久之物、旅必起於少。
事を無形に起こし、而して天下に大功を要するは、これ「微明」と謂う。小弱に処して重ねて自卑するは、弱を損して彊(つよ)きに勝つと謂うなり。形有るの類は、大必ず小に起こり、行久の物は、旅(りょ)必ず少に起こる。
ほとんど何も無いところから起業して、天下に大きな功績を挙げることを求めるのは、これを「微小から明確へ」という。小さくて弱い上にさらに自分で卑下するのは、実際には弱さをさらに弱くして、強いものに勝つ、いわれる。目に見えるもので、大きなものは必ず小さなものから出来上がり、長い期間を経たもので、数が多いものは必ず少数から始まったのだ。
「旅」は「衆」の下の人たち(これは「人人人」なんです)が靡く旗を先頭に移動している姿ですから、「軍隊」の意味にも、「多衆」の意味にもなります。
故曰、天下之難事、必作於易。天下之大事、必作於細。是以欲制物者於其細也。
故に曰く、天下の難事は必ず易きに作(おこ)る。天下の大事は必ず細かきに作る、と。これ以て物を制せんと欲する者はその細かきに於いてするなり。
だからいうのだ、「天下の難しいことは、必ず簡単なことからはじまり、天下のどでかいことは、必ず細々したことからはじまる」と。このため、物事をコントロールしようとする者は、細々したことを制御しようとするのである。
---だから、わたしは細かいことをマネジメントするのだ!
と言われたら、黙って「はあ」と言うしかありませんね。
さらに続きます。
故曰、図難乎於其易也、為大乎於其細也。千丈之隄以螻蟻之穴潰、百尺之室以突隙之烟焚。
故に曰く、難を図るはその易きにし、大を為すはその細かきにすなり、と。千丈の隄は螻蟻の穴を以て潰れ、百尺の室は突隙の烟を以て焚く。
だから言うのだ、「難しいことは簡単なうちに計画し、大きなことは細々したところから始めるのだ」と。数千メートルある堤防も、おけらやアリの穴から崩壊するし、何十メートルもある大きな家も、かまどの隙間から出る煙から燃えてしまうのだ。
わたしが知るかぎり、「アリの一穴」という言葉の典拠はここだと思います。ラテン語かゲーテにあるのかも知れませんが。
故曰、白圭之行隄也、塞其穴、丈人之慎火也、塗其隙。是以白圭無水難、丈人無火患。此皆慎易以避難、敬細以遠大者也。
故に曰く、白圭の隄を行うや、その穴を塞ぎ、丈人の火を慎むや、その隙を塗る、と。これ以て白圭には水難無く、丈人には火患無し。これみな易きに慎みて以て難きを避け、細かきを敬しみて以て大を遠きにするものなり。
だから言うのだ、「白圭(はくけい)が堤防づくりをするときは、注意してその穴を塞ぐ。長老が火に用心するときは、かまどの隙間を塗って塞ぐ」と。このおかげで、白圭のところには水難が無いし、長老のところでは火事が起こらない。これはどちらも、簡単なときに慎重にして難しくなるのを避け、細々したところに気をつけて先になって大きなことにしていく、ということである。
以上です。
なお、「白圭」は人名で、「孟子」告子下篇に登場してきます。
白圭曰、丹之治水也愈於禹。孟子曰、子過矣。
白圭曰く、丹の水を治むるや禹に愈(まさ)れり、と。孟子曰く、子過てり、と。
白圭が言った、「わたくし丹(注に依れば、「白圭」は「丹圭」というのが本名で、周のひと、だそうです)は、治水技術に秀でており、超古代(紀元前20世紀ごろ)に洪水を治めたという禹王よりもすぐれておりますぞ」と。
これに対し、孟子は言った、「あんたは間違っておる」と。
このあといつもどおり孟子が相手をやりこめて終わるのですが、そのおはなしはまた今度にいたしましょう。
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「韓非子」喩老篇より。長いですが、言いたいことは最後の一行で尽きていますね。うわ、またこんな時間になってしまいました。早く寝なければ。
実は、この章をご紹介しようと思ったのは、マイクロマネジメントするSさん(誰や?)みたいな人のことを弁護しようと思ったのではないんです。現役の自衛隊の将校が他国の大使館に侵入しました。一日あって、今日やっと内閣官房長官が「遺憾」の意とともに、「警備をしっかりする」と公表しました。これではあかん、と思いました。世界中の国の中にはまともな国はもう無いとは思いますが、あったらいかんので、日本の軍人?は間違ったことはさせません、と世界に向かって言わないといけない。この日本の軍人?は日本の特異な法体系のため「軍法会議」では裁かれません。世界中のまともな国(ないとおもいますが)はびっくりするでしょう。ちゃんと説明しないと。
それよりも、国民に対して、自衛隊ではどんな教育をしているのか、きちんと説明してください。ネットでは「え!」と思うような人たちを呼んで幹部に講演させている、と言われています。何年も前に「ええー、こんな人が統合幕僚長?」という人がいましたが、なんだ、もう今はこんなことになっていたんだ、と今回認識させられました。
総理というわけにはいかないでしょうから、今の防衛大臣は、自衛隊をぼろくそに言って辞めないといけません(「粛軍」です)。野党は言ってくれません。国民が「言うな」と言ったからです。自衛隊の士気はあとの大臣が図ればいい。彼の政治生命がどうこうではなく、それはアリの一穴から堤防を崩さないための政治家の義務だと思います。防衛大臣、なんというご失政ですか。この八十年平和と民主主義を進めてきた先輩たちに対して、御謝りなさいま・・・すべき案件だと思ったんですけど、違うということでみなさんよろしいですか。
三月事件や十月事件はさすがに自分があの世に行ってからだと思ってましたが、これは生きている間かも知れないので、一応わたし言いましたんで、「自衛隊の人に申し訳ないと思わないのか」「チュウゴクの方が先に仕掛けてきたのに」「その他もろもろ」と怒るひともいるのですが、何十年か後に、「こんな人もいたのだ」と桐生悠悠みたいにほめてくだされ。このサヨクではない無定見な年寄がこんなこと言うんですから、ほんとにヤバイと思いますよ。
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