9月8日 血圧あがってまいりました 

日月曾食(日月曾て食す)(「抱朴子」)

ほとんどのことは確率の問題ですよね。

日月は欠けても後で元に戻るのに、なぜスイカは割れたままなのか。根性が足りないのか。本をすてた書斎はそのまま空いているのか、また埋まるのか。

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東晋の時代、あるひとが言った。

神仙不死、信可得乎。

そこで、抱朴子(汚れない真理を抱いた先生)たるわたくし、葛洪はお答えした。

漢の劉向が「列仙伝」を著しており、その中に何百という人々が仙人になったことを記録しています。

非妄言也。

世人以劉向作金不成、便謂索隠行怪、好伝虚無。所撰列仙、皆復妄作。

悲夫、此所謂分寸之瑕、棄盈尺之夜光、以蟻鼻之欠、捐無価之淳鈞。

金を作る方法は、劉向は書物に書いてあることを実行してみただけで、他に何か口訣(先生から聞く口頭の秘密)が必要だろうと認識していたようです。神仙の方は秦の時代の書物を調べ、また自分が聞いたことも加えて記したものですから、間違いはないのです。それなのに、金を作ることと同列にして信じないのでは、ダメだ。

狂夫童謡聖人所択、芻蕘之言、或不可遺。采葑采菲、無以下体。

豈可以百慮之一失而謂経典之不可用、以日月曾食之故、而謂懸象非大明哉。

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晋・葛洪「抱朴子」内篇より。やっぱり神仙はいるんですね。日食・月食があるからといって太陽も月も普段はぴかぴかであること、普通のひとは疑いません。神仙はいなさそうに見えるとしても、普段はいるはずです。よくわかりました。
そういえば今日は月食・・・だと思ったら昨日だったのか!自分に頭来て血圧あがった!・・・のではなく最近の食生活のせいでは。さすがにまた薬飲まナイトいかんか。

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