12月12日 今日は名誉教授お二人と中華の名誉

以紿流俗(以て流俗を紿(あざ)むく)(「梁渓漫志」)

世の中うそばっかり・・・とわかっているつもりでも、騙される。賢い人でも騙されるのだから、わしらは、まあいいか。

わたしはお岩みたいに妖怪っぽい化粧はしませんの。おほほほ。

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北宋の時代、

老泉賛呉道子画五星。

「老泉」は、北宋の蘇洵(蘇軾、蘇轍のおやじ)の雅号です。息子たちと合わせて「三蘇」と呼ばれた文人で、唐宋八大家の一人にも数えられる。「呉道子」(呉道玄とも)は唐の開元年間(713~741)、玄宗皇帝に仕えた伝説的な大画師で、その後の人物画や山水画に大きな影響を与えたひとです。「五星」は木火水土金の五つの星。空にある惑星を描いているのではなく、「五星神」という五人の道教の神さま(どうやら女神さまらしい)です。

絵そのものは遺っていないようですが、文集にその画賛が収められている。読んでみます。

粧非今人、唇伝黒膏。

はあ? 黒い口紅?

予嘗疑、霄漢星辰之尊、而粧飾乃如是之妖、何也。

「霄漢」は「大空」です。

その後、「新唐書」五行志を読んでいましたところ、こんな記事を発見した。

元和末、婦人為円髻椎髻、不設髪飾、不施朱粉、惟以烏膏注唇。

状若悲啼。

そういうのが「すてき」という時代があったのだ。

これで「黒い口紅」の謎が解けたが、あれあれ? 呉道子は8世紀前半の開元年間のひとで、この流行は9世紀のはじめころである。ということは・・・なるほど、そういうことか。

乃悟唐之俗工作時世粧、嫁名道子、以紿流俗。

それに、蘇洵ともあろうひとがまざまざと乗せられた、ということである。三世紀も経っているからわからなかったのであろう。

星辰不如是也。

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南宋・費兗「梁渓漫志」巻五より。普通の人の間違いはもちろん、部下や後輩の間違いでさえ発見して指摘すると気持ちいいのに、大文化人の間違いを発見とは、これは気持ちよかったでしょうね。ああ羨ましい。

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