莫貴於義(義より貴きは莫し)(「墨子」)
ほんとはマジメに考えるべきコトバだと思うんですが、現代日本のすぐれた文明のもとでは理解しづらいかも。

正義の道をばく進する機関車カパエモンでカッパ!ばんざい無くてもがんばるでカッパ!
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墨子先生(「子墨子」)が言われた、
今謂人曰、予子冠履、而断子之手足、子為之乎。
今、人に謂いて曰く、子に冠履を予(あた)えん、而して子の手足を断ず、子これを為すか。
今、あるひとに言ったとしよう。「おまえさんにかっこいい冠とくつを差し上げよう。その代わり、おまえさんの手と足をちょん切らせてもらいますぞ」と。おまえさんはこれを受け取るかね。
必不為、何故。則冠履不若手足之貴也。
必ず為さざるは何故ぞや。すなわち、冠履は手足の貴に若かざればなり。
絶対受け取らないだろう。なぜかというに、冠やくつは、いくらかっこよくても、手や足ほど大事ではないからである。
また曰く、
予子天下、而殺子身。子為之乎。
子に天下を予えん、而して子の身を殺す、子これを為すか。
「おまえさんに天下を差し上げよう。その代わり、おまえさんの命をいただきますぞ」と。おまえさんはこれを受け取るかね。
必不為、何故。則天下不若身之貴也。
必ず為さざるは何故ぞや。すなわち、天下は身の貴に若かざればなり。
絶対受け取らないだろう。なぜかというに、天下は、自分の命ほど大事ではないからである。
・・・と墨子は言うんですが、うーん、どうですかね。
「手足よりも最新流行の冠やくつのかっこいいものの方が大事かも」
「命よりも天下は得だぞ」
と考える人が、前者は十五人に一人ぐらい、後者は五人に一人ぐらいいるかも知れません。でも普通の人はそうでないはずです。手足や命の方が大切だ。
しかし、
争一言以相殺、是義貴於其身也。
一言を争いて以て相殺す、これ、義のその身よりも貴ければなり。
ああいったこういったという一言でけんかして、互いに殺し合うこともある。これは、正義や道義の方が命よりも大切だと思うからである。
故曰、万事莫貴於義也。
故に曰く、万事の義より貴きはなし、と。
そういうわけで、どんなことよりも正義や道義の方が大切なのだ、ということがわかった。
うーん。誰か「正義」を持ってきて、「これです、これ」と見せてくれないものでしょうか。「これ」だとわかればもっと大切にできると思うのですが。
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「墨子」貴義篇より。「地球より重い命より大事なものがあるでしょうか」という人もいると思うのですが、「義」を「カネ」と書き換えたら、命より大切なものがある気がしてきませんか。
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