若有慙色(慙色有るがごとし)(「宣室志」)
若いころ恥ずかしいことをたくさんしてきたので、思い出すといたたまれなくなりますよね。そのまま恥ずかしくて死んでしまうかも。「最近はしてないのか?」うーん、これは一本やられましたわい。

冬になるとヘビも出ません。
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唐の天宝年間(742~756)、洛陽に無畏和尚という人がおられた。たいへんな道力を持った方と評判であった。
是時有巨虵。状甚異、高丈余、広二三尺。蛇蜒若蟠繞、出於山下。洛民咸見之。
この時、巨虵有り。状甚はだ異、高さ丈余、広さ二三尺。蛇、蜒若(えんじゃく)として蟠繞し、山下より出づ。洛民みなこれを見る。
同じころ、洛陽には巨大ヘビがいた。普通ではない姿で、高さは3メートル以上、幅は60~90センチもあった。このヘビはにょろにょろと、とぐろを巻いたり、何かにぐるぐる巻きついたりしながら山の中から出てくるのである。洛陽の人民はみんなこれを見たことがあった。
それぐらい頻繁に出現した、ということなのでしょう。
唐代の一尺≒31センチ、一丈≒3.1メートルをもとに計算しております。ヘビの「高さ」3メートル以上、というのも変な言い方ですが、いつも鎌首をもたげていて、その高さが3メートルぐらい、と考えればいいでしょうか。あるいは上図の「スネークマン」のように二足歩行していたのかも?
無畏和尚は、ひとびとからヘビを何とかしてほしいと訴えられて、公言した。
蛇決水瀦洛城、即説仏書義。
蛇、水瀦を洛城に決すれば、即ち仏書の義を説かん。
「ヘビが、この洛陽城のお濠を壊したら、わしは仏教の有難いお経の意味をやつに教えてやろうと思う」
すると、
其蛇至夕則来、若傾聴状。
その蛇、夕に至りて則ち来たり、傾聴のごとき状あり。
そのヘビが、夕方になると和尚の寺にやってきたのであった。ヘビは和尚の話を聴こうとしているようである。
和尚は、これを𠮟りつけて、言った、
爾蛇也。営居深山中、因安其所。何為将欲肆毒於世耶。速去、無患生人。
爾は蛇なり。深山中に居を営み、因りてその所に安んず。何すれぞ世に毒をほしいままにせんと欲するや。速やかに去りて、生人を患(うれ)えしむる無かれ。
「おまえはヘビではないか。深い山の中に棲息していれば、安らかに暮らしていられるのに、どうして町中に出てきて、世の中に毒を振りまこうとするのか。早く行ってしまえ。生きているひとびとを苦しめてはいけない」
蛇聞之、遂俯于地、若有慙色。
蛇、これを聞きて、遂に地に俯し、慙色有るがごとし。
ヘビは、この言葉を聴いて、やがて地面にぺたりと俯いてしまい、後悔している様子であった。
そのまま動かない。
「むむ?」
頃而死焉。
頃(しばら)くにして死せり。
しばらくしたら、死んでいた。
いいヘビだったのです。
それにしても、来いというので来たら「早く行ってしまえ」というのも理不尽ではありますが、「洛陽城のお濠を壊したら・・・」という条件はどこに行ってしまったのか。
其後禄山拠洛陽、尽毀宮廟。果無畏所謂決洛水瀦城之応。
その後、禄山、洛陽に拠りて、ことごとく宮廟を毀つ。果たして、無畏の謂うところの洛水瀦城を決するの応ならんか。
その後、天宝年間の終り(755年)に安禄山が反乱を起こし、洛陽を占領して根拠地として長く盤踞した。この間に、洛陽城にあった宮殿も廟堂もみな壊されてしまったが、これが、無畏和尚が「洛陽のお濠と城を壊してしまう」という予言の成就だったのではなかろうか。
如何でしょうか。
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唐・張讀「宣室志」巻十より。お濠を壊さなくてもヘビは来てくれたのに、和尚が変な予言をするからこんなことになってしまった、のかも知れませんし、そうではないのかも知れません。「〇〇をぶち壊す」と予言して政権を取ったら、ほんとに〇〇はぶち壊れる、ということかも。
秋の夜長、シーズン終わって観タマ記を書かなくてよくなると、こういうお話をする時間ができてしまいます。もともとこういうのが趣味なんで。
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