京師騙術(京師の騙術)(「鸝砭軒質言」)
気をつけねばなりませんぞ。

土星ぐらいの田舎でのんびり暮らしタイタン。
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清のころのことです。河北・通州の孝廉(挙人。科挙地方試験の合格者)の某は、北京の市場に出かけた。
冀便宜得物、見羊皮袍、面湖縐、似新製成者、値四両、遂買帰。
便宜に物を得んと冀(ねが)い、羊皮の袍の、面の湖縐(こすう)にして新製成の似(ごと)きもの、値四両なるを見て、遂に買いて帰る。
うまいこと何かを入手できないかと思っていたところ、ヒツジの毛皮で作った上着があり、裏面は高級な湖州製のちぢみのようで、新品に見えるものが、銀四両で売っていたので、買って帰ってきた。
とりあえず、四千円ぐらいでしょうか。
大威張りで通州のひとびとに見せたところ、ひとびとは言った、
君勿喜、京師騙術幻甚。安知非偽者乎。
君喜ぶなかれ、京師の騙術、幻なること甚だし。いずくんぞ偽者にあらざるを知らん。
「おまえさん、喜んでいてはいかんぞ。みやこの詐術は、まぼろしさえ見せるのじゃ。どうしてニセモノではないと言えるだろうか」
「むむ?」
某がよくよく見ると、
果以皮紙作質而粘毛於上者。
果たして皮紙を以て質と作して、毛を上に粘ずるものなり。
果たして、紙の衣の上に、毛を貼り付けたものであった。
ニセモノだったのだ。(ふつうのヒツジ皮より手がかかってそうですが。)
恨甚。既而笑曰、鼠輩詐予、予不能詐鼠輩哉。
恨み甚だし。既にして笑いて曰く、「鼠輩の予を詐わる、予の鼠輩を詐わるあたわざらんや」と。
某は激しく頭に来たようである。だが、しばらくするとにやにやと笑い、
「ネズミのようなペテン師どもがわしを騙したのだ。わしがネズミのようなやつを騙せないわけがなかろう」
と言った。
復入市転售於人、得六金。
また市に入りて人に転售して、六金を得たり。
やがてまた北京の市場に行って、別の人にその毛皮を得りつけ、銀六粒を得た。
六千円ぐらいになったようです。
帰而大笑曰、田舎奴、我豈妄哉。
帰りて大笑して曰く、「田舎奴、我あに妄りにせんや」と。
帰ってきて、大笑いして言った、「あの田舎者め(、まんまと騙されおって)。わしがムダなことをするはずなかろう」と。
ひとびとは言った、
君勿喜、京師騙術、幻之又幻。
君喜ぶ勿れ、京師騙術、幻のまた幻なり。
「おまえさん、喜んでいてはいかんぞ。都の詐術は、まぼろしの上にまたまぼろしを見せるのじゃからな」
何至是也。
何ぞここに至らんや。
「そんなことがあるものか」
出銀、一鉛錠而己。
銀を出すに、一鉛錠のみ。
銀を出してよくよく見たところ、鉛の粒であった。
此見京師騙子之奇矣。
これ、京師騙子の奇なるを見る。
このことから、都のペテン師たちの世に並びないものであることが知られよう。
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清・戴蓮芬「鸝砭軒質言」巻四より。ほんと、都はぺてん師だらけですから、気をつけてないといけませんね。え? ナニワよりはマシ? ほんまかいな。
ちなみに、「鸝砭軒」(りへんけん)というのが著者の戴蓮芬の軒名(わたしが「肝冷斎」みたいな、近所の中華料理屋が「来々軒」みたいな「屋号」です)ですが、「鸝」はウグイスのような黄色まじりの鳥、その鳥の「砭」(へん。いしばり。鍼灸の「鍼」)という二文字の意味はよくわかりません。書名は「鸝砭軒」の著した「質言」(正直な、ウソの無い言葉)です。戴蓮芬は、清末の河北・通州の人、「都に五回行った」と自分で言ってるほどの人ですが、どれぐらい正直者であったかはわかりません。みなさんぐらいかな。