可速去矣(速やかに去るべし)(「酉陽雑俎」)
まことに速やかに去るべき現世ですが、今日はまたすごく暑かった。熱中しかけた。

暑い日などには友だちになりたがってくるかも知れませんが、こいつを見かけたら逃げよう。
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むかしも暑い時はあったようです。
唐の元和年間(806~820)のこと、史秀才なる人がいて、かつて仲間たちと、陝西の華山に行った。
時暑、環憩一小渓。
時、暑にして、一小渓を環りて憩う。
暑い時期だったので、小さな渓谷を取り囲むように座って休憩した。
その時、
忽有一葉大如掌、紅潤可愛、随流而下。
忽ち一葉の大いさ掌の如く、紅潤愛すべき、流れに随いて下る有り。
思いがけず、てのひらぐらいの大きさで、赤くてしっとりした葉っぱが、谷の上流から流れてきた。
「いい葉っぱだなあ」
史独接得、置懐中。
史、独り接得して、懐中に置く。
史秀才は、他のひとに見つかる前にこれを拾い上げて、ふところの中にしまいこんだ。
葉っぱが好きなんでしょう。
坐食頃、覚懐中漸重、潜起観之、覚葉上鱗起、栗栗而動。
坐すること食頃、懐中漸く重きを覚え、潜かに起きてこれを観るに、葉上に鱗起こり、栗栗として動くを覚ゆ。
またしばらくの間座って休憩していると、なんだか懐の中が重くなってきたようである。そこでそっと起き上がって、懐の中を覗き込んでみたところ―――葉っぱにはウロコが生え出し、ぶるぶると震動しているのであった。
「これ、まずいやつだぞ」
史驚、棄林中、遽白衆曰、可速去矣。
史驚き、林中に棄て、遽かに衆に白(い)いて曰く、「速やかに去るべし」と。
史は驚いて、葉っぱを林の中に棄てた。そして、慌てて仲間たちに言った、
「すぐに逃げ出した方がいいよ!」
と。
「はあ?」
とみんないぶかしんだのですが、史秀才はわき目もふらずに逃げて行く。
須臾、林中白煙生、彌于一谷中。
須臾、林中に白煙生じ、一谷中に彌る。
すぐに林の中から白い煙が湧いてきて、渓谷中に広がり出した。
仲間たちも異常に気付き、史のあとを追いかけて逃げて行くと、
下山未半、風雷大至。此必龍也。
下山いまだ半ばならざるに、風雷大いに至る。これ必ず龍ならん。
山を下ることまだ半分ぐらいのうちに、風が吹き雷がきらめき出した。これ(葉っぱ)はきっと龍だったのであろう。
・・・なんで龍と結論付けるのか、科学的根拠はよくわかりません。
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唐・段成式「酉陽雑俎」巻十五より。暑いと変になってマボロシを見てしまいますからその類かも知れません。龍の存在は否定しませんが、植物が動物になるなんてなあ。
それにしても、自分で何か仕出かしておいて黙って逃げ出して行くやつが多い中、「速く逃げた方がいいよ」と教えてくれるとは良心的です。みなさんも何か仕出かしたときは、忠告だけはしていきましょう。