9月12日 うだうだ書くのは楽しいですね

宇内三権(宇内に三権あり)(「呻吟語」)

この三権は分立してないみたいなんです。

うだうだしていると、人民の怒りがバクハツするぜ!どどどどどん。

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明代のひとが言っていることですから、現代のように優れたものではありませんよ。

・・・と断ってから話を始めないと、後で文句言われるかも知れませんので、まずは「おことわり」を申し上げました。

さて、

宇内有三権。

ほう。

天之権曰禍福、人君之権曰刑賞、天下之権曰褒貶。

なるほど。

禍福不爽、曰天道之清平。有不尽然者、奪於気数。
刑賞不忒、曰君道之清平。有不尽然者、限於見聞、蔽於喜怒。
褒貶不誣、曰人道之清平。有不尽然者、偏於愛憎、誤於声響。

この三権の中でも、人民が掌る「褒貶」が特に重大なんです。

褒貶者、天之所恃以為禍福者也。故曰、天視自我民視、天聴自我民聴。

また、褒貶は、

君之所恃以為刑賞者也。故曰、好人之所悪、悪人之所好、是謂払人之性。

褒貶不可以不慎也。是天道君道之所用也。一有作好作悪、是謂天之罪人、君之戮民。

やっぱり主権の存するみなさんの責任にされてしまいましたよ。

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明・呂坤「呻吟語」より。ポピュリズムに躍らされていると人民のみなさんは、天や君主に「おれたちに間違った情報を入れやがって」と、ぶちゅっとやられますよ、というのです。

―――わたしたちは主権者なのに? 明の、時代おくれのやつに何がわかるというの?
―――民衆が一番かしこい、と「〇点」できくぞうさんが言ってたのに?
―――すべてマスゴミのせいだ、おれたちは悪くないのだ。

という声も聞こえてまいりますが、「老子」に曰う、

天地不仁、以万物為芻狗。聖人不仁、以百姓為芻狗。

と。みなさん、所詮藁のイヌ・・・おおっと、まずいまずい、本当のことを言ってしまってはいけません。

多言数窮、不如守中。

のでしたわい。うっしっし。

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