無常信(無常の信)(「竹窗随筆」)
寒いところに亡命して名前が変わりました。ところでみなさんには、まだ通知届いてないのかな?

エンマのやろうがコワくて鬼がやってられるかよう。どどどどーん!それ、キックだ!パンツだ!
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なんの通知かといいますと、以下のとおり・・・
明の時代のことですが、
諺有警世語。
諺に警世の語有り。
世の中のひとを誡めるために、こんなことが言われた。
ここで選択してください。
A)自分は誡められる必要はない。 → もう寝てください。
B)もっともっと誡められたい → 寝てもいいです。ひまなら以下を読んでください。
ただし、五百年ぐらい前の人の言っている話ですから、大したことではないですよ。
一老人死、見閻王、答王不早与通信。
一老人死して閻王に見(まみ)え、王に早く通信を与えざるを答(とが)む。
この著者は、「答」を「咎」と同じ意味で使っているようです。
ある老人が死んで閻魔様の前に出た。老人は、閻魔様に
「どうして、もっと早くからお迎えがあると教えてくれなかったんじゃ?(心の準備ができなかったではないか、怪しからん)」
と文句を言った。
閻魔様はおっしゃった。
吾信数矣。汝目漸昏、一信也。汝耳漸聾、二信也。汝歯漸損、三信也。汝百体日益衰、信不知其幾也。
吾が信しばしばなり。汝の目漸くに昏、一信なり。汝の耳漸くに聾、二信なり。汝の歯漸くに損、三信なり。汝の百体日にますます衰う、信、知らずそれ幾たびなるやを。
「わたしからの通知は何度も行ったと思うんですが。あなたの目がだんだんぼやけてきたのは第一回の通信でした。あなたの耳がだんだん遠くなってきたのが第二回の通信でした。そして、あなたの歯がだんだんぼろぼろになってきたのが第三回の通信。そのほか、あなたの体中、日ごとにますます衰えてきたはずで、わたしの通知は何回あったかさえ覚えてないぐらいなんですが・・・」
「おお、そうでしたかのう。歳をとって忘れておりましたのう」
欲望がどんどん弱ってまいりますし、会った人の名前や読んだ本とか少し前のことは何も覚えていないし、とにかくむしゃくしゃと腹が立つ。それもすべて「通知」だったのです。
此特為老人言耳。
これ、特に老人のために言うのみ。
これは、特に老人のために言ったことである。
一少年亦答王云、吾目明耳聡、歯利百体強健。王胡不以信及我。
一少年また王を答(とが)めて云う、吾が目明にして耳聡、歯利にして百体強健なり。王胡(なん)ぞ信を以て我に及ばざる。
今度は、一人の若者が、閻魔王にまみえて、文句を言った。
「わたしの目はきらきらしてよく見えます。耳はよく聞こえ、歯はぎとぎとに研ぎ澄まされ、体中強健です。王さま、どうしてわたしには通知が無かったのですか」
閻魔様は言った、
亦有信及君、君自不察耳。
また信の君に及ぶ有るも、君自ら察せざるのみ。
「あなたあての通知もあったのに、あなたが自分で理解できなかったんですよ。
東隣有四五十而亡者乎。西隣有三二十而亡者乎。更有不及十歳与孩提乳哺而亡者乎。非信乎。
東隣に四五十にして亡者なるもの有らんか。西隣に三二十にして亡者なるもの有らんか。更に十歳に及ばざると、孩提・乳哺にしても亡者なるものも有らんか。信にあらざるや。
東の隣の家には、四十五十の働き盛りで亡くなったひとがいませんでしたか。西の隣の家には、三十二十の若さで亡くなったひとがいませんでしたか。さらには、十歳になる前に、あるいは泣き喚き乳を吸うばかりの赤ん坊なのに、亡くなった人もたくさんおられたんじゃないでしょうか。これらは、あなたへの通知ではなかったのでしょうか」
「うーん、ちゃんとわたしあて、と明示してもらわないと、われわれは弱い立場ですから」
閻魔様は言った、
良馬見鞭影而行。必俟錐入於膚者駑駘也。
良馬は鞭影を見て行く。必ず錐の膚に入るを俟つ者は。駑駘なるかな。
「良い馬は鞭の影を見ただけで駆けだすといいます。キリを皮膚に差し込まれてから、やっと動き出すようなのはダメ馬です。
何嗟及矣。
何ぞ嗟(なげ)くも及ばんや。
どんなに嘆いても、もう取り返しがつかないのです」
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明・雲棲袾宏「竹窓随筆」より。袾宏は「禅源索進」を編んだこのひとです。師は「禅・浄一如」(禅と念仏は同じ)の思想のもと、「萬暦三高僧」のうち、唯一、牢死も遠流もせずに、権力との関係で身を全うした穏健な方であられた。といいますか、高僧でも牢に入れて拷問してコロすのですから、明という時代は容易なものではなかった。それを生き延びた人たちの子孫である現代チャイナの人たちは、すごいわけです。