8月23日 何者かに追われるような毎日だ

無日不到(日として到らざる無し)(「東軒筆録」)

肝冷斎もノルマをこなすため、毎日たいへんなんです。

ガリレオも毎日毎日ノルマのように望遠鏡を覗いていて、木星の衛星を見つけたにちがいないのだ。

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北宋・景佑元年(1034)の進士、各地の治水や飢饉対策で名を挙げ、後に集賢殿修撰(皇帝の顧問官)に至った程師孟が洪州の知府であったとき、

於府中作静堂、自愛之、無日不到。

そのことを自ら詩に作って、

題于石。

曰く、

毎日更忙須一到、夜深常是点灯来。

後任の李元規がこれを見て笑って言った、

此無乃是登溷之詩乎。

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宋・魏泰「東軒筆録」巻十五より。好きで行っているうちに行かざるを得なくなってきて、ワーカーズホリックみたいになってしまっていたのでしょう。大人なんだからもっと自分をしっかりと持ってほしいものですね。

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