有蛇人首(蛇の人首なる有り)(「東軒述異記」)
記録は大事にしなければいけない、というお話をします。

呪い、コワい!
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康煕三十八年(1699)春のこと、福建のとある将軍の部下の家で、
地板上忽有穴如碗口。
地板上に忽ち穴の碗口の如き有り。
地面に直接敷かれた床板に、突然、茶わんの口ぐらいの大きさの穴が開いた。
そして、その穴の中から、
有蛇人首、時時出没。
蛇の人首なる有りて、時々に出没す。
人間の頭のヘビが、しばしば出入りするのであった。
家人たちが驚くと、その蛇は言った。
汝勿避、吾久寓此、弗為害也。
汝避くるなかれ、吾久しくここに寓するも、害を為さざるなり。
「おまえさんたち、逃げなくてもよいではありませんか。わたしは長いことここに棲んでいますが、地上の人間のみなさまにご迷惑をかけたことはございませんよ」
と。なかなか説得力のある発言だ。
このように明瞭な言語を操れるとは、人間の頭のヘビではなくて、ヘビの体の人間、「ヘビ人間」というべきでしょう。
だが、家の主人(「披甲」とあるので武人でしょう)は説得されず、
挙戈撃之。
戈を挙げてこれを撃たんとす。
ほこを振り上げて、ヘビをぶっ潰そうとした。
蛇曰、我不可撃。撃則汝禍至矣。
蛇曰く、「我、撃つべからず。撃てば汝禍い至らん」と。
ヘビは言った、
「わたしを攻撃してはいけませんぞ。攻撃しますと、あなたまさに呪いが降りかかります」
「だまれ!」
主人、そのコトバの終わらぬうちに、戈を振り下ろした―――
が、
がつん。
戈は空しく地面を打った。
忽不見。
忽ち見えず。
ヘビ人間は瞬時に姿を消してしまったのだ。
その後――――
・・・というところで文章が途切れてしまっています。
以上のことは、
見小抄。
小抄に見る。
この文書、もともともう少し長い記録だったようなのですが、誰かが概略を書き写したものらしい。
この続きは書写しなかったのか、何らかの事情で書写できなかったのか、それとも書写したあと何者かに削除されたのか・・・今となってはわからない。
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清・東軒主人「述異記」巻下より。ヘビ人間の秘密が明らかにならぬように記録は永遠に消し去られたようです。ああ、記録を保存しないことは後世への大変な損失である。その結果、ヘビ人間の存在は不明瞭になり、今日もどこかで蠢いているのかも知れないのだ。あなたの家の床下かも・・・。
記録の重要性について説得力のあるお話ができましたでしょうかな。