不若遠佞人(佞人を遠ざくるに若かず)(「東軒筆録」)
まったくですよね。主権者や上司のみなさまはお気をつけくだされ。

時は今 水無月の祓えの日とはなりにけり。そろそろバクハツしてしまうかも。
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北宋の新法党の領袖として名高い王安石には王安国という弟がいます。彼も兄貴の王安石とともに新法党で、新法党のみなさんは性格的に悪の役人が多いのですが、彼だけは
性亮直、嫉悪太甚。
性亮直にして悪を嫉(にく)むこと太(おお)いに甚だし。
性格がすっきりして真っすぐ、悪いことを憎むことが、無茶苦茶すごかった。
王安石が宰相に就任してすぐのころ、
因閲読晏元献公小詞、而笑。
晏元献公の小詞を閲読するに因りて、笑えり。
元献公・晏殊は北宋初期に若くして宰相になった人、肝冷斎の先代が童子のころに書いた文に少し紹介されていますね。詞人としても有名であった。
晏殊さまの「詞」(正統的な「詩」でありません。当時の俗曲につけた歌「詞」です)を読んでいて、「ぷぷ」と笑いだした。
そして、言うには、
為宰相而作小詞、可乎。
宰相たりて小詞を作るは、可なるか。
「宰相の地位にある人が俗曲の歌詞を作るなんて、おい、いいのか?」
わははは。
それを聴いた安国は、兄貴に食ってかかった。
彼亦偶然自喜而為爾、顧其事業豈止如是耶。
彼また偶然に自ら喜びて為すのみ、顧みてその事業、あにかくの如きに止どまらんや。
「あの人も、たまたま好きで作っただけでしょう。よくよく考えてみると、あの人のやってのけたシゴトはそんなことにはとどまりませんよ」
政治家としては、外交や内治で大きな成績を上げた人なのだ。
正論を言われたので、プライドの高い兄貴はむっとした。
その時、横に呂恵卿がおりました。彼はこの時点では王安石の懐刀として活躍していた有能な官僚ですが、自分より目上には取り入り、部下は虐め、ライバルを蹴落とし、さらには大商人と結んで私服を肥やしたりといろいろ悪いウワサのある人物。YZさんを想定いただけると、知っている人はわかると思います。
その呂恵卿が口を挟んだ。
為政必先放鄭声。況自為之乎。
政を為すには必ずまず鄭声を放つ。況や自らこれを為すをや。
「鄭声」とは何ぞや。
「論語」衛霊公第十五に曰く、
顔淵問為邦。子曰、行夏之時、乗殷之輅、服周之冕、楽則韶舞、放鄭声、遠佞人。鄭声淫、佞人殆。
顔淵、邦を為すを問う。子曰く、夏の時を行い、殷の輅(ろ)に乗り、周の冕(べん)を服し、楽はすなわち韶の舞、鄭声を放ち、佞人を遠ざく。鄭声は淫、佞人は殆(あやう)し、と。
弟子の顔淵が国を治める方法を訊ねたところ、先生はおっしゃった―――、
夏の時代の暦を使う。(夏暦は今の陰暦と同じ季節になり、農業に便利だ)
殷の時代の車に乗る。(殷の車は質素でかつ堅牢であった。知らんけど)
周の冠をかぶる。(周は西方の辺境から発展したので、その衣冠は質素で威厳がある・・・らしい)
(そのように各時代のいいところを採用する。その上で、ひとびとの心を治めるには音楽が重要だが、)
音楽は舜が作ったといわれる韶(しょう)の舞楽を使うこと。
(これが国を治める方法だが、)鄭の地方で現在(春秋時代です)流行している音楽は禁止しろ。口先うまく取り入るやつらを遠ざけろ。鄭の音楽は華美に過ぎて、みだらな気持ちを起こさせる。うまく取り入るやつらは、危険だから。
いやー、いいコトバですなあ。十回ぐらい読んで覚えよう。
上の呂恵卿の発言はこれを踏まえています。
「政治をするには、まずは「鄭の音楽を禁止しろ」といいます。宰相自らが(鄭の音楽と同様の流行歌の歌詞を)おつくりなるとは、いやなんと申しますかなあ・・・・」
で、ございますよね、と王安石を方をちらりと見た。
王安石が我が意を得たりとにやにやすると、王安国は言った、
放鄭声、不若遠佞人也。
鄭声を放つは、佞人を遠ざくるに若かず。
「鄭の音楽を禁止する前に、口先うまく取り入るやつを遠ざけねばなりませんなあ」
呂以為議己。
呂、以て己を議すると爲す。
呂は、自分のことを言われているのだろうと思った。
王安国はぎろりと呂をにらみつけるばかりである。
自是尤与平甫相失也。
これより尤も平甫と相失せり。
平甫は王安国の字です。
これ以降、呂と王安国は、ものすごく関係悪化したのである。
王安国が生きている間は、新法党と旧法党グループとの間を調整し、両党の間の齟齬は政策論争に過ぎなかったが、王安国の死後、両党の関係は悪化、さらに呂恵卿が王安石を追い落として隠棲に追い込んだ後は、旧法党関係者を流謫して栄養失調に追い込むなど卑劣な手段で執拗に弾圧し、ついに国論を分断していくことになるのでございます。
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宋・魏泰「東軒筆録」巻五より。佞人は遠ざけないと危険だなあ。上司にとっては。しかしわたしどもからはよく見えるのに、なんで上の人からは見えないのかなあ。