6月25日 だんだん暑くなってきました

柙非備鼠(柙(おり)は鼠に備うるにあらず)(「韓非子」)

ネズミではないなら何に備えるためなのでしょうか。

宮本先生なんか約束の時間守りもしません。うちなータイムやで。これに引き換え、尾生はえらいなあ。

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服虎而不以柙。禁姦而不以法。塞偽而不以符。此賁育之所患、堯舜之所難也。

虎を服せしむるに柙(おり)を以てせず。姦を禁ずるに法を以てせず。偽りを塞ぐに符を以てせず。これ、賁(ほん)と育(いく)の患うるところ、堯と舜の難しとするところなり。

トラを暴れさせないようにするのに、檻という道具は使わない。悪事を禁じようとするのに、法という道具は使わない。欺瞞を防ごうとするのに、割り札(契約書)という道具は使わない。こんな手法でやれと言われたら、いにしえの大勇者、孟賁(もうほん)や夏育(かいく)でも困ってしまい、聖天子の堯帝や舜帝も手を焼くことであろう。

だいたいですな、

設柙非所以備鼠也。所以使怯弱能服虎也。立法非所以備曾史也。所以使庸主能止盗跖也。為符非所以予尾生也。所以使衆人不相謾也。

柙を設くるは鼠に備える所以にはあらざるなり。怯弱をしてよく虎を服させしむる所以なり。法を立つるは曾・史に備うる所以にはあらざるなり。庸主をしてよく盗跖を止めしむる所以なり。符を為(つく)るは尾生に予めする所以にはあらざるなり。衆人をして相謾せざらしむ所以なり。

固有名詞がいくつか出てくるので、簡単にご紹介します。

「曾」は曾参。孔子の弟子で、誠実な人柄で有名。「史」は史鰌(しゆう)、春秋時代の衛の名臣、遺言して死体の置き場所を使って君主に諫言したという立派な人。

「盗跖」(とうせき)は孔子と同時代(と伝説化されている)の大盗。人の肝を食べるのが好きだったというルール無用のやつ。

「尾生」は、女性と橋の下で待ち合わせ、大雨になって水が溢れても、約束を違えないよう橋梁にしがみついて溺死した、というひと。

檻を作るのは、ネズミの危険性を除去するためではないのだ。気力も体力も弱いやつが、トラを暴れさせないようにするための道具なのだ。

法を定め(て守らせ)るのは、曾参や史鰌のような立派な人をコントロールしようというのではないのだ。できのよくない君主でも、盗跖のような猛烈な悪党を抑制できるようにするための道具なのだ。

割り札・契約書を作るのは、尾生のような何が何でも約束を守るようなやつに持たせようというのではないのだ。みなさんのような人たちが、お互いに騙しあわないようにしようとするための道具なのだ。

これらの道具によって、

不恃比干之死節、不幸乱臣之無詐也。持怯士之所能服、握庸主之所易守、当今之世、為人主忠計、為天下結徳者、利莫長於此。

比干の節に死するを恃まず、乱臣の詐り無きを幸(ねが)わざるなり。怯士のよく服するところを持し、膺主の守り易きところを握り、今の世に当たりて、人主のために忠計し、天下のために徳を結ぶは、利のこれより長ずるは莫し。

殷の紂王を裏切らずに諫言して、ために死を賜った比干(ひかん)のような人に、毎回毎回国家のために死んでもらう必要は無くなるし、力ある臣下に、いつわりの無いことを期待する必要も無くなる。びびり野郎にも暴れさせないようにし、出来のよくない君主にも猛烈なやつらをコントロールできるようにさせ、この現代において、君主のために真心こめて将来を設計し、天下のみんながよくなるようにするには、これらの道具以上に役立つものはありません。

君人者無亡国之図、而忠臣無失身之画、明於尊位、必法。

人に君たる者に亡国の図(と)無く、忠臣に失身の画(かく)無く、位を尊ぶにおいて明らかにするは、必ず法なり。

君主が国をうしなうという将来を無くし、忠義の臣下に命を失うという未来を無からしめ、現在の秩序を守ることを明確にするには、法によるしかないのである。

故能使人尽力於権衡、死節於官職、通於賁育之情、不以死易生、明於盗跖之貪、不以財易身、則守国之道、畢備矣。

故に、よく人をして権衡に力を尽くさしめ、官職に死節せじめ、賁育の情を通じて死を以て生に易(か)えさせしめず、盗跖の貪を明らかにして財を以て身に易えさせしめず、すなわち国を守るの道、畢(つい)に備われり。

このようにして、(法は)人々をシゴトに力を尽くさせ、その官職に命がけにさせ、孟賁や夏育のような勇者の気持ちをすべての人に持たせ、しかも戦いに死んだりしないですむようにし、盗跖のような大盗賊の行動を明白にして、カネのために自分自身を失ってしまうことの無いようにする。そうすれば、国を守るための手段は、最終的に完備されるのである。

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「韓非子」守道篇より。たいへん勉強になりますね。いつも申し上げておりますが、「人に君たる者」≒主権者たるみなさん、と読み替えて勉強してくださいよ。

「いや、世の中はおえらがたが動かしているんだよね。おれら権力無いんで責任取れないんで」

と言いたい気持ちはわかります。うんうん。しかし、もしかして、古代の諸侯が群臣や親類や宦官や論客や国人やはたまた神怪から自由に権力を振ってたなどと信じているのではないでしょうね。いにしえの支配者たちも権力を思い通りにしていたわけではなく、そして思い通りにしていいんですよ、という甘言に操られはじめると、この世の仕組みを壊して自分の滅亡してしまう・・・、という点においても、みなさんにそっくりですよ。

虎を柙するは阪神に備える所以にあらず、と言おうかなあと思ってましたが首位から転落してしまいました。それにしても、プリゴジンをして官職において節に死せしむるを選択せしむるとは、さすがロシアだ。

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