兵燹之兆(兵燹の兆しならん)(「述異記」)
顔が出てくると怖いですね。

こういう無表情な顔ならいいのですが・・・。
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先日、山西・雲州の李日華の話を聴いていたら、彼の曽祖父は、明の末ごろに襄陽の知事をしていたのだそうである。
その当時、襄陽の知事官舎では、
署中時有怪。
署中、時に怪有り。
官舎の中で、ときおり異常なことが起こるので有名であった。
ある日、知事が奥の部屋に入ると、
忽見四柱有人面千百、大如指。
忽ち四柱に人面千百、大いさ指の如きを見る。
突然、四方の柱に、指先ぐらいの大きさの人間の顔が何千何百と現れたのであった。
「なんだこれは?」
知事は豪気なひとであったので、いろいろ調べてみた。
環柱鱗次非木非土、刮之如粉。
柱を環りて鱗次し、木にあらず土にあらず、これを刮(こす)るに粉の如し。
柱の周りに魚のウロコのように並んでいるが、木製でもないし、陶器のようでもない。ごしごしと擦ってみると、粉が出てくる。
戯云、面何太小耶。
戯れに云う、面何ぞはなはだ小なるや、と。
ふざけて言ってみた。
「人間の顔のようだが、えらく小さいではないか」
すると、その人面たちはにやにやと笑って、すうっと消えて行った。
次日、四柱皆然大小如人面。
次日、四柱みな然り、大小は人面の如し。
次の日、四方の柱にまた同じように出現したが、今回は大きさが普通の人間の顔ぐらいである。
そこで、また、ふざけて言った、
可復更大乎。
また更に大なるべきか。
「もっともっと大きくなるかなあ」
にやりと笑ってまた消えて行った。
次日、四柱止四面大如車輪。
次の日、四柱、ただ四面のみにして大なること車輪の如し。
次の日には、四方の柱に、ただ四つだけ、荷車の車輪のようにでかい顔が出現した。
さすがにこれ以上大きくなったらまずいような・・・。
知事が何を言おうか逡巡している間に、その巨大な人面は、にやりと笑って消えて行った・・・。
然亦他異。
然るにまた他異無し。
しかしながら、それ以降、特に異常なことはありませんでした。
・・・李日華がこの話をしていたところ、聴いていた中に占い師がいて、
占者云、係献賊兵燹之兆。
占者云う、献賊の兵燹の兆に係らん、と。
占い師が言うには、「明末の張献忠一派の賊の兵火に焼かれることの前兆だったのではないですか」と。
確かに、その後、献賊の襲撃を受けているらしい。
なお、「燹」(せん)は「野火」です。ブタが二匹焼けています。「兵燹」と熟して兵火、戦争や軍隊の行動に伴う広範囲の火災を指す。
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清・東軒主人「述異記」より。ぞくぞくぞく・・・。背筋も凍る怖ろしいお話ですね。え? 凍らない? 豪気な人たちだなあ。みなさんは科学的な素養がおありなのでしょう。確かに南方熊楠先生と一緒に粘菌を調べていけばこういうのがいるのではないかと思います。食べられる種類かも知れません。
ところで、「献賊」とは何だろうかと思って、グーグルで検索してみると、最初にこんなページがヒットします。というかこれしかヒットしません。先代のお元気なころのモノですが、いつまでもこんなのしかヒットしないとは、この国の知的状況はどうなってるのか、と背筋が凍り付くではありませんか。え? 凍り付かない? うーん。世界中の兵燹の兆しにも恐れないような豪気な人たちなのでしょうなあ。