素不識数(もとより数を知らず)(「籜廊琑記」)
明日から平日です。テレワークも無くなって、また出勤して労働生産性の低いシゴトをしなければ・・・と諸兄姉もお嘆きでしょうが、集中して乗り越えましょう。

上司もあっぱれと言ってくれるでしょう。
・・・・・・・・・・・・・
清の時代のことですが、
牧羊某素不識数。
牧羊の某、もとより数を識らず。
ヒツジ飼いのなにがしという人は、数を数えることができなかった。
二つ以上の数の概念が無いんです。
しかし、困らない。
凡数物、雖自一以至百千、但以一箇一箇云云、排次数之、能不失一。
およそ物を数うるには、一より以て百千に至るといえども、ただ一箇、一箇を以て云々し、排次してこれを数え、一も失わざるを能くす。
いつもモノを数える時は、一つから何百何千に至るまで、ただ「これが一つ」「それが一つ」と言いながら、順番に数えていき、一つも失うことが無いのである。
職業はヒツジ飼いなので、
主人使牧羊数百群、某朝以一箇一箇数而出、暮以一箇一箇数而入。
主人、羊数百群を牧せしむるに、某は朝は一箇一箇を以て出だし、暮れは一箇一箇を以て入る。
彼の雇い主は、彼に数百匹のヒツジの世話をさせていた。彼は、朝には、「これが一頭」「それが一頭」と小屋から出して行き、夕方にはまた「これが一頭」「それが一頭」と小屋に入れるのである。
ヒツジを数えていると眠くなりますよね。
しかし集中しているので眠りません。そして、
有失群者、則大嘩曰、某一箇某一箇少矣。
群を失うもの有れば、すなわち大いに嘩(さわ)ぎて曰く、「某一箇某一箇少(か)けたり」と。
群れから離れて帰って来ていないヒツジがあると、大騒ぎして、
「その一頭とあの一頭がいないですじゃ!」
と言うのである。
「何頭いない」とは言いません。
羊毛色亦能弁之、極力尋以帰。
羊の毛色またよくこれを弁じ、力を極めて尋ねて以て帰る。
彼はヒツジの毛の色で一頭一頭を見分けていて、(いないのがどのヒツジとどのヒツジかを認識した上で、)力を尽くして捜し出し、連れて帰ってくるのである。
主人終年不失一羊。
主人、終年一羊をも失わず。
雇い主は、一年に一頭のヒツジも失うことはなかった。
逆の人もいて、
又有善算人、手不持籌、一人執数簿読之、雖読且速、読已而彼数已成、不爽微杪。
また、善算の人有りて、手に籌を持さずして、一人数の簿を執りてこれを読み、読みかつ速やかにすといえども、読み已むに彼の数すでに成り、微杪も爽(たが)わず。
こちらは計算がたいへん速い。計算機を持たずに、別人が数字を書いたメモを読み上げ、どんどん速くしていっても、読み上げ終わった時には彼の計算は同時に終わっており、わずかな数字も間違わないのだ。
この人はすべてのことが数として観念されているのだそうである。
両人可謂専精之至、極於神妙矣
両人専精の至り、神妙に極まれりと謂いつべし。
この二人はともに精神を集中させ、神業にも至っているということができよう。
・・・・・・・・・・・・・・・
清・王守敬「籜廊琑記」巻六より。一個一個確認して時間をかけてシゴトをしてください。途中で居眠りして労働生産性が低くなっても、あまりの集中によって精神が朦朧としてきたのですから仕方がありません。「何やっとるんだ、おまえ」と言われてもニヤニヤしていて大丈夫です。いっぺんに何十何百も数えられる優秀な人やAIが職場に来るまでは。