二毛之叟(二毛の叟)(「酉陽雑俎」)
ほんとうなのだろうか。誰か試してみてガッテン!

北欧神話のオーディンさまのように老いた賢者もおられるのじゃ、と言ったら、賢者はいいがおまえはダメだ、と。
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唐のころのことですが、山東・歴城の町の北へ二里(≒1キロぐらい)行ったところに「蓮子湖」という小さな湖があった。
周回二十里、湖中多蓮花、紅緑間明、乍疑濯錦。
周回二十里、湖中に蓮花多く、紅の緑間に明らけく、たちまち錦を濯うかと疑う。
ひとめぐりして10キロぐらいなのだが、湖の中には蓮の花が多く、(春には)蓮の花の赤が葉の緑の間にきらきらと煌いて、まるでニシキを湖で洗っているかのようであった。
すばらしい光景です。また、
漁船掩映、罟罾疏布、遠望之者若蛛網浮杯也。
漁船掩映して罟罾(こそう)を疏布するに、これを遠望するに、蛛網の杯に浮かぶがごとし。
釣り船が湖面に姿を映しながら、漁網を広げていくのを遠くから見ていると、さかずきに満たした水の上にクモの巣が浮かんでいるのかと見えるのであった。
美しいなあ。
北魏の時代、袁翻がこの池のほとりで宴会を開いた。
参軍であった張伯瑜が袁翻に訊いた、
向為血羹、頻不能就。
さきに血羹を為(つく)るに、頻りに就くあたわず。
「この間、ヒツジの血を煮込んで固体スープを作ったのだが、なかなか固まってくれんかったのよね」
すると、袁公は答えた、
取洛水必成也。
洛水を取れば必ず成らん。
「この蓮子湖の水ではなく、洛水の川水を取ってきて使えば、必ず成功しますよ」
「そうなのか」
そのとおりにしてみたところ、
果成。
果たして成れり。
なんと、成功した。
これを聴いた清河王が不思議に思って、袁翻に訊ねた。なお、この清河王は元懌(げん・えき)さまといい、寛仁大度な文化人として名高かったひとです。
未審何義得爾。
未審なり、何の義を得るのみなるやを。
「いったいどういう理由があったからそうなったのか、少しもわからんぞ」
袁公は言った、
可思湖目。
湖目を思うべし。
「湖の目のことをお考えください」
「あ、なるほどのう、そういうことか、うんうん」
王、笑而然之。
王、笑いてこれを然りとす。
王は喜んでお笑いになって、頷かれた。
王は面会が終わった後、主簿(お付きの書記官)であった房叔道に、
湖目之事吾実未暁。
湖目の事、吾実にいまだ暁らざるなり。
「さっきの「湖の目」のことだが、わしは実は何のことかさっぱりわからんよ」
「ぷ」
叔道は答えて言った、
藕能散血。湖目蓮子、故令公思。
藕はよく血を散ず。湖目は蓮子なり、故に公をして思わしむ。
「れんこんは、血が凝結するのを防ぐことができ、循環器が弱ってきたときに摂取するとよいとされます。そして、「湖の目」というのは本草学ではハスの実のことですから、袁どのは殿さまに「この湖はハスが多いので、水にもハスの成分が溶け込み、そのせいで血が固まらないんですよ」と考えさせようとしたんですよ」
「ああ、そうかあ、なるほどなー」
王、嘆曰、人不読書、其猶夜行。二毛之叟、不如白面書生。
王、嘆じて曰く、人読書せずんばそれ夜行くがごとし。二毛の叟も白面書生に如かざるなり、と。
王はため息をついて、言った。
「本を読んで勉強しないでいると、まるで夜道を歩いているようなものだな。手探りしても何にもわからん。白黒二色のゴマ塩あたまのおっちゃんも、青白い書生にかなわないのだ」
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唐・段成式「酉陽雑俎」巻十一より。本当でしょうか。本当ならレンコン食べまくらなければ。
それにしても、知恵が無いのはしようがないが、毛がある人はいいですね。