王已睡矣(王、已に睡る)(「韓非子」)
むかしから、どんなに頑張っても眠ってしまう人は眠るんです。この席だとファウルがコワくないので時々居眠りも・・・。

寝てる間にいいこと起こってるといいのになあ・・・。
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戦国・斉の威王(在位前319~前301)の時代、王族の田嬰は宰相として国政を支えていた。
この時、
人有説王者、曰、終歳之計、王不一以数日之間自聴之、則無以知吏之姦邪得失也。
人の王に説く者有りて、曰く、終歳の計、王、一に数日の間を以て自らこれを聴かざれば、すなわち以て吏の姦邪・得失を知る無きなり、と。
ある人が、王(在位319~前309に説いて言った。
「一年間の国の財政の総計について、王さまはどうして、一度、数日の間ですから自分で事情を聴取してみようとされないのですか。そうしないと、官吏たちの悪どさや誤魔化し、よくやっている、ダメだ、といったことがお分かりにならないでしょう」
王は言った、
善。
善し。
「それはそうだ」
宰相の田嬰はこれを聞いて、
「いいところにお気づき下さったなあ」
とにこにこしまして、
即遽請於王而聴其計。
即ち遽かに王にその計を聴かんことを請う。
ただちに、王に、財政状況を聴取してくれるよう求めた。
「うむ」
王将聴之矣。
王、まさにこれを聴かんとす。
かくして、王は、いよいよ聴取することになった。
この時、
田嬰令官具押券斗石参升之計。
田嬰、官をして押券・斗石・参升の計を具えしむ。
田嬰は、官吏たちに、印を押した契約書、穀物の何斗何石の収納と支出、酒や醤油類の何升あるかという参考資料などの総計を準備させた。
王自聴計。
王自ら計を聴く。
王さまは自分で官吏たちの報告・説明、資料の開陳を聴取した。
やがて、
不勝聴罷。
聴くに勝えずして、罷む。
聴取しきれなくなってきて、一回中断。
食後復坐、不復暮食矣。
食後、また坐し、また暮食せず。
メシを食ってから、また聴取を再開、そのまま晩メシも食わずに続けた。
「やっておりますなあ」
田嬰はにこにこしながら、言った、
群臣所終歳日夜不敢偸怠之事也。王以一夕聴之、則群臣有為勤勉矣。
群臣、終歳、日夜あえて偸怠せざるところの事なり。王、一夕を以てこれを聴かば、群臣勤勉を為す有らん。
「臣下どもが、一年中、昼も夜もおこたることなく勤めておることお聴きいただいております。(お疲れとは思いますが)王さまには、ぜひ夜も説明を聴取いただければ、臣下どもはさらに一生懸命仕事いたしましょう」
王はそれ聞いて、言った、
諾。
諾せり。
「わかった」
しかし、しばらくすると、
俄而王已睡矣。
俄かにして王已に睡れり。
王さまは突然、居眠りをしはじめた。
これを見て、
吏尽抽刀削其押券升石之計。
吏ことごとく刀を抽きてその押券升石の計を削れり。
官吏たちはみんな、懐から小刀を取り出すと、説明用に持ってきている有印文書、酒や穀物の出入表を削り、その上から都合のいい数字を書き込んだのであった。
普段は上司にチェックされるので改竄はできないのですが、今回は王さまがきちんとチェックせずにお墨付きを与えてくれる―――と考えたようです。
この結果、この年の財政は大いに乱れてしまった。
王自聴之、乱乃始生。
王自らこれを聴き、乱すなわち始めて生ぜり。
王さまが自分で聴取しようとしたので、そのために混乱が生じたのである。
教訓―――
明主治吏不治民。
主は吏を治めて民を治めざるなり。
すぐれた君主は官吏たちを支配するのであって、直接人民を支配するのではない。
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「韓非子」外儲説右下より。こんなツラい仕事をいつもしていてくれるなんて、官吏のみなさん、ありがとう。
なお、田嬰は五月五日に孟嘗君を生んだお父さん、として名高い。いや、生んだのはお母さんです。なおなお、君主を政治に飽き飽きさせるためにこんなことを仕組んだ、といわれるのは別の人のことで、田嬰自身は至極マジメに王さまの意欲を喜んでいただけだと思います。王さまさえ居眠りしなければなあ・・・。