4月14日 人生すべて修行といえよう

不見涯涘(涯涘(がいし)を見ず)(「明語林」)

ほんとにわたしがやったんではないんです。

「いりひうすれ」の意味がまったくわかりませんでした。「さとわのほかげ」もクラゲみたいなドウブツかと思っていました。いろんなことを学んできたものだなあ。今日も旅ゆく。

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明の初期、永楽・洪煕・宣徳にわたって戸部尚書等の要職を務め、至るところで「政績卓越」と評された夏原吉は、

襟宇閎深、不見涯涘。

襟宇閎深にして、涯涘を見ず。

えりの奥が広く深く、水際が見えないほど(果てしない広さ)であった。

↑なにを言っているかわかりにくいですが、「襟」の「宇」(中)が「閎」(こう。広い門のことで、転じて「広い」の意味)にして深い、というのは日本語でいう「ふところが深い」です。「涯」(がい)は水の岸辺が崖になっているもの、「涘」(し)は普通の水際。「涯涘」は「水際」の意味で、転じて「物事の外界、はて」の意味になります。人間としての度量が広大で深く、無限大かと思われるほどであったというんです。

どういうふうであったかというと、

有従吏汚金織賜衣、懼伏請罪。

従吏、金織の賜衣を汚し、懼伏して罪を請う有り。

おつきの者が、皇帝から戴いた金糸を織り込んだかっこいい服を汚してしまい、恐怖におののきながら、どのような罰でもお受けしますと土下座してきたことがあった。

「ああ、そうか」

夏公はおっしゃった、

猶可浣也。

なお浣うべきなり。

「まだ洗えそうじゃないか」

と。

また、

吏壊宝硯石。

吏、宝硯石を壊す。

おつきの者が、今度は宝物としていた硯石を壊してしまったことがあった。

「またかよ、わざとやってるのでは」と疑いさえ持ってしまいますが、公はおっしゃった、

物固有壊時。

物、もとより壊時有り。

「ものには、もともと壊れる時が決まっているんじゃよ」

そして、

「その時に当たって、びっくりしたであろう」

と、従者を

慰遣之。

慰遣せり。

なぐさめて引き上げさせた。

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「明語林」巻五・雅量篇より。南京で建文帝に使えていて、北京の永楽帝がクーデタを起こして成功してしまいますと、変な名分には囚われずにそのまま勤務を続けて経済官僚として認められ、永楽帝の北伐の経費を稼ぎ出し、太子時代の洪煕帝を補佐し、宣徳帝の時には国家の大事にも携わったという実務派です。明の皇帝たちに仕えてなんとか勤めおおせた、というだけで、ふところの中がガバガバなのは想像もつこうというものです。

筆者も若いころに仕えた上司が職場に持ってきていたそこそこでかい兵馬俑の模型みたいなやつを、誰かが壊してしまった(直接手を下したのは肝冷斎ではなかったと思います。ほんとです)ときに、その上司に

―――形あるものは壊れるものですぞ。

と教えてさしあげたことがあります。

上司は、

「仕方がないなあ」

とにこにこしておられました。いま思うとホトケさまのような方でございました。

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