4月13日 わなはたいてい甘美である

斂銭無算(銭を斂(あつ)むること算(かぞ)うる無し)(「古今筆記精華録」)

世間には賢い人が多いのである。

一方、わなはより巧妙である。

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清・乾隆年間(1736~95)の初め頃、

有老嫗挟一十七八歳女子来平湖。

老嫗、一の十七八歳女子を挟みて平湖に来たる有り。

おばあが、十七八歳の娘さんを一人連れて、江蘇・平湖にやってきた。

おばあが言うには、

善拳勇視之。

善拳、これを勇視せよ、と。

「拳法に自信のある方で、この娘と試合する勇気のある者がおりましょうかいのう」

と。

試合の際には、お互いに試合料を払い、勝った方が取る、という仕組みです。

こんなこと言い出すのだからおそらく強いに違いない。

しかし、その娘、

弱不勝衣、如可乗風吹去者。

弱きこと衣に勝えず、風に乗りて吹去すべき者のごとし。

か弱くて服の重さにも耐えられず、風が吹いてくるとそれに乗ってどこかに飛んでいくかというような風情である。

「へへへ」「ひひひ」「ぐふふ」

何時の時代も阿呆がいるのでございます。みなさんが鏡を覗けばそこにも・・・。

「ぜひ、お相手いただきたいものだぜ、うへへへへ」

勝てばおカネは儲けられるし、なにしろか弱い若い女性と逢えるのである。

里中年少咸卜采、与之校闘。

里中の年少みな卜采し、これと校闘す。

町中の若者たちはみな試合を申し込み、この娘と一対一で戦った。

女談笑応之、無不立仆。

女、談笑してこれに応じ、立ちどころに仆(たお)さざる無し。

娘は、談笑しながら対応して、あっという間にみんな倒してしまったのである。

短時間で追い返され、試合料が取られてしまった。まあでも若い娘ともつれ合えたのだからいいか。ひっひっひ。

というようなわけで、

数日之間、斂銭無算。

数日の間に、銭を斂(あつ)むること算(かぞ)うる無し。

数日の間に、数えられないほどのおカネを収納した。

そのウワサが浙江・松江に伝わった。そこに汪という名の若い拳法遣いがいて、決して強そうではないのだが強いので有名であった。

「おまえなら勝てるんじゃないか」

「わたしが? ですか?」

「相手は風に吹かれて飛んでいきそうな小娘だという。おまえも弱そうだけど強いんだからちょうどいい組み合わせではないか」

「はあ」

「ついでに嫁にもらってくれば・・・」

「はあ」

拳師汪某者聞之自松江促乗舟来。

拳師・汪某なる者、これを聞きて松江より乗舟を促して来たる。

拳法遣いの汪なんとかというのが、娘のウワサを聞いて、松江の町から船を雇ってやってきた。

さて、この二人の戦い、どうなるのでしょうか。

みなさんもワクワクしますよね。

だが―――

女知汪名遂避去。

女、汪の名を知りて遂に避去せり。

女たちは、汪が来たということを知ると、そそくさと逃げ出してしまったのである。

識者の話だと、

「わしにははじめからわかっておったが、

蓋汪之拳術、外宗而兼内功、女萬不能与之相敵云。

蓋し、汪の拳術、外宗にして内功を兼ね、女、萬もこれと相敵する能わずと云う。

つまり、汪の拳術は、外はきちんと型がある上に、体の内側の力も発揮するというタイプのもので、娘の術は後者だけのタイプだったから、どうやっても敵わなかったんじゃよ」

ということだ。

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「古今筆記精華録」巻十五「武術篇」より。同書に載せているお話は引用書目名がはっきりしているのですが、このお話には、

見于何書已不甚記憶。

何の書に見ゆるかをすでに甚だしくは記憶せず。

何かの本で読んだのは確かなんですが、何という本に書いてあったかは、もうよく覚えていない。

という注記があります。でっちあげカモ。

それにしても、世の中には、自分の力をよく弁えている賢い人もいる上に、どんなこともはじめから知っている識者もいて、実に賢者がうようよしているものだということがよくわかります。これなら普通選挙を導入したくもなりますよね。

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