臨色不乱(色に臨みて乱れず)(「不下帯編」)
昨日、40年ぐらい前に暮らした町に行ってきました。涙流れるぐらい懐かしいが、考えてみると武勇伝一つ無い空っぽな青春時代であったなあ。

こんなおっかないのに誘われたらどうするんだよー。
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清の時代の人が言っているんですから、もう今となっては「古い」かも知れませんが、
士無他過悪、惟揺欲一染、則名必被黜、廃棄終身。
士、他の過悪無しといえども、ただ揺欲一染すれば、すなわち名は必ず黜(しりぞ)けられ、廃棄さること終身なり。
読書人は、他には過ちや悪事が無くても、ただ性の欲望に一度でも負けてしまうと、どこに行っても名誉は守られず、一生涯棄てられたも同然になってしまいます。
南宋の朱晦庵先生はカタブツに見えて意外と人生の裏表を理解している人ですが、
世上無如人欲険、幾人到此誤功名。
世上如(し)く無し、人欲の険なるに。幾人かここに到りて功名を誤まつ。
この世の中では性欲ほど乗り越えるのに険しいものはない。どれほどの人がここまで至って、功績や名誉を無に帰せしめてしまっただろうか。
と言っているのは、
非虚語也。
虚語には非ざるなり。
ウソではありません。
逆に、
若能臨色不乱、則神明鑑察必登上第。
もしよく色に臨みて乱れざれば、神明鑑察して必ず上第に登る。
もしもある人が、色仕掛けの誘いがあっても行動を乱さなければ、神さまがしっかり見てくださって、必ず科挙試験に合格することができるのです。
明の陸容という人は、灯火を掲げて夜中まで勉強していたところ、
有女穴牗誘之、陸不為動、吟詩。
女の穴牗にこれを誘う有るも、陸動を成さずして、詩を吟ず。
窓から女に誘われたが、陸は何の行動も起こさず、ただ詩を口ずさんだ。
風清月白夜窓虚、有女来窺笑読書。欲把琴心通一語、十年前已薄相如。
風清く月白く夜窓虚なり、女来たりて読書を窺い笑う。琴心を把りて一語を通ぜんと欲するも、十年前すでに相如を薄くせし。
―――――「琴心」とか「相如」は、「史記・司馬相如列伝」に出る故事を引いています。すなわち、司馬相如は貧しかったので、王吉という人と示し合わせて、富豪の卓王孫の家での宴会で、王吉の勧めによって琴を弾いた。
相如為鼓一再行。是時卓王孫有女文君、新寡好音。以琴心挑之。文君竊従戸窺之、心悦而好之。
相如ために鼓すること一再行なり。この時卓王孫に女・文君有りて、新たに寡にして音を好む。琴心を以てこれに挑むなり。文君竊(ひそ)かに戸従(よ)りこれを窺い、心に悦びてこれを好む。
司馬相如は勧められたので、琴を一曲、二曲ばかり弾いた。ところで、この時、富豪の卓王孫には文君という娘があったが、これが夫を亡くして実家に帰ってきていて、音楽好きだとのうわさである。司馬相如は、琴を弾いて、この女の気を引こうとしたのである。狙い通り、文君は扉の向こうから相如を盗み見し、男っぷりのよさに蕩けて、気に入ってしまった。
かくして、
文君夜亡奔相如。
文君、夜亡して相如に奔(はし)る。
文君は、その晩家出して、相如と駆け落ちした。
見て来たようにおもしろいですね―――――。
陸容の詩はこの故事を引いて、自分は駆け落ちしない、気を引く気もない、と言っています。
今宵は風清らか月明るく、夜の窓は開いている。
どこぞの女が来て勉強中のおれを見てニヤニヤした。
琴に心をひそませてコトバをかけてみようと思ったかも知れんが、
もう十年も前に、司馬相如に逼っていたではないか(誰にでも情けをかけているのだろう?)。
この(女を振り向かないということの)効果によって、陸容さまは、
後登第。
後、登第す。
その後、科挙試験に合格したのである。
明の時代なんて数百年前のことだから信じられない、という人もいるかも知れませんので、わたしの母方の祖父・童欽承さまのお話をしておきましょう。祖父は科挙に合格して兵部に勤務した人ですが、
諸生時、館於貴室、亦於昏夜却一女。詩以自警。
諸生の時、貴室に館するに、また昏夜に一女を却(しり)ぞく。詩以て自ら警しむ。
受験浪人のころ、ある身分高い人の家で家庭教師をしていたときに、やはり夜、女をしりぞけた。その際、詩を作って、自分を誡めたのである。
曰く―――
神明咫尺凛幽居、独夜頻将不可書。自是琴心従未解、非関平素薄相如。
神明咫尺凛として幽居するに、独夜しきりに将(ひ)いて書をなすべからず。自ずからこれ琴心のいまだ解けざるにより、平素より相如に薄うするに関するに非ず。
神さまがすぐ近くにおられるようなところで静かに勉強しているのに、
ただ一人でいる夜、しきりに(肘を)引っ張って勉強させないようにしてくるのだ(、この女は)。
どうもまだ琴にこめられた思いが解けていないのであろう(この女は文君の妄執が形を成しているのだ)、
ふだん司馬相如に逼っていたかどうかは関係がない(おれはこんな女知らんぞ)。
これはすばらしい。
和陸之作而意更深。
陸の作に和して意さらに深し。
陸容の詩に唱和しているのだが、意味はさらに深くなっているであろう。
琴心が解けていない、なんて上手いね。
そして、我が祖父は、
旦托故辞去。是真臨色不乱者。
旦(あした)、故に托して辞去す。これ、真に色に臨みて乱れざる者なり。
朝になると、別の理由を作って(女に傷がつかないようにして)家庭教師を辞めて去ってしまった。これは本当に色仕掛けをされても心を動かさなかった人、というべきである。
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清・金埴「不下帯編」巻二より。おじいちゃんの話は怪しいですね。孫相手に武勇伝しているだけかも知れません。
岡本全勝さんに紹介していただいたので、訪問いただいた方が普段の四倍ぐらいになっています。普段来てない人に言っときますが、普段はもっとタメになるお話ばかりなんですよー!