左右画方円(左右にて方と円を画く)(「墨子」)
「肝冷斎くんは体調も良くないだろうし、もう来なくてもいいのだよ」と言われているような気もしますが、体調がいいので明日また出勤します。

各地の話題はもうトラではなくクマです。秋田県知事さんは立場明確にしてますが、愛護の声も高く、為政者のみなさんどうするんですかね。現場が右手と左手で違う画をかけばいい? 道警みたいにする?
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みなさんは、主君か臣下か知りませんが、
臣主同欲而異利。
臣と主は欲を同じくするも、利を異にす。
人に仕える者と人を使う者(以下、「被雇用者」と「雇用者」と言いますよ)は、(会社を発展させたい、利益を上げたい、など)方向性は同じなのだが、(雇用者:人件費を抑えたい、特に育成なんかしてやるものか、被雇用者:給料増やしてほしい、将来役に立つキャリアパスを積ませてほしいなど)利害は同じではないのである。
もう少し分析してみますと、
人主者天下一力以共載之、故安、衆同心以共立之、故尊。
人主なる者は、天下力を一にして以て共にこれを載する、故に安く、衆心を同じくして以て共ににこれを立つ、故に尊なり。
雇用者というのは、被雇用者たちが力を一つにして共同して持ち上げているので、安定しているのである。株主や関連会社の人も含めて、みんなで地位を認めているので、へいこらされるのである。
ちょっと意訳が過ぎますかね。
人臣守所長尽所能、故忠。
人臣は長ずるところを守り、能くするところを尽くす、故に忠なり。
被雇用者は、自分の得意な領域を大切にして、自分の能力を出し切りたいと思っているので、雇用者にぺこぺこするのである。
以尊主御忠臣、則長楽生而功名成。名実相待而成、形影相応而立。
尊主を以て忠臣を御すれば、長楽生じて功名成る。名実相待ちて成り、形影相応じて立たん。
へいこらされたい雇用者が、ぺこぺこしたがる被雇用者をうまく使ったら、長く楽しみながら、ともに成功と名誉を手にすることができるであろう。表面的にも実態的にも成功し、指導する側と指導さえる側がともに対応して確立されるであろう。
この、形と影が応じるところが大切なんです。
人主之患、在莫之応。一手独拍、雖疾無声。
人主の患はこれに応ずる莫きに在り。一手独り拍てば、疾(はや)しといえども声無し。
雇用者の悩みは(自分の問題意識や発想に)部下が誰も対応してくれないことだ。片手だけで拍手しようとすると、何の抵抗もないけれど音が出ない。
人臣之憂、不得一。右手画円、左手画方、不能両成。
人臣の憂いは、一を得ざるなり。右手にて円を画き、左手にて方を画くに、両(ふたつな)がら成るあたわず。
被雇用者の心配は、使用者の考えと自分の考えが一致していないのではないか、ということである。右手でまるを書きながら、左手で四角を書こうとすると、どちらも描けないものである。
どちらかが描ける、という意味ではないと思います。ほんとは「両不能成」と書いて欲しいですけどね。
至治之国、君若桴、臣若鼓。
至治の国は、君は桴(ふ)のごとく、臣は鼓のごとし。
最高にうまくいっている会社では、雇用者はバチのようなもので、被雇用者は太鼓のようなものじゃ。
打てば鳴るんです。
ついでに言うと、
技若車、事若馬。
技は車のごとく、事は馬のごとし。
馬車をイメージしてください。
被雇用者の能力は車のようで、遂行しなければならない事業・解決しなければならない事件が、それを引っ張る馬のようなものじゃ。
馬が無ければ車は走らず、能力の見せどころがない。
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「韓非子」巻八「功名」篇より。「雇用者」「被雇用者」はみなさんの境遇に合わせて言い換えてみてください。
さて、明日は連休明けで朝礼のある職場も多いかと思います。
〇一手独拍、雖疾無声。(一手独り拍てば、疾(はや)しといえども声無し)
〇右手画円、左手画方、不能両成。(右手にて円を画き、左手にて方を画くに、両(ふたつな)がら成るあたわず) ピアノの人はできる?
〇君若桴、臣若鼓。(君は桴のごとく、臣は鼓のごとし)
はいずれも朝礼使用頻度の高いコトバなので(朝礼のある職場の管理職の人は)チェックしておきましょう。別々にではなくこの三つのうち二つを使うといい感じに仕上がるのでは。三つとも使うとちょっと長くなりすぎるかも。朝礼とアレは短いほどいいですからなあ、がはははは。
〇技若車、事若馬。(技は車のごとく、事は馬のごとし)
も言い得て妙ですが、おそらく「技」「事」が現代国語的にピンとこないコトバですから使いづらいですね。