氷厚五寸(氷厚きこと五寸なり)(「晏氏春秋」)
今年の冬は寒くなるのでしょうか、それとも暖冬か、あるいは平均的か。平均的とは何か。

天候不順だとマジメにやるより一攫千金、宝探しに賭ける方が有利・・・? こつこつとやった方がいいですよ。
・・・・・・・・・・・・・・・
春秋の時代のことでございます。
斉の景公(在位前547~前490)が魯に侵攻し、魯の衛星都市の一つ、許の町まで迫って、許の町の留守居役であった東門無沢(とうもん・ぶたく)を捕虜にした。
そこで、東門無沢に訊いてみた。
魯之年穀何如。
魯の年穀いかんぞ。
「魯の国の、今年の穀物の収穫はどうでしたかな?」
魯の兵糧備蓄や国民の士気を計ろうとして、質問してみたのである。
これに対して、東門無沢は答えた、
陰氷厥陽、氷厚五寸。
陰氷厥陽(いんぴょうけつよう)して、氷厚きこと五寸。
「ちゃんと答えてくださいよ」
「今年は、陰がその陽を氷らせて、氷の厚さは五寸(11.25センチ。戦国以前の一寸≒2.25センチで計算)ぐらいになりました」
「それで?」
不知。
知らず。
「(わたくしは統計を掌っていたわけでございませんから、)それ以上のことは存じ上げておりません」
そこで景公は、宰相の晏嬰に訊ねてみた。
「・・・と言うのだが、どういう意味であろうか」
晏嬰は答えて言った、
君子也。問年穀而対以氷礼也。
君子なり。年穀を問うに氷を以て対するは、礼なり。
「それは立派な人ですな。今年の穀物の収穫を問われて、氷で答えるのは、古くからの仕来たりですから」
「はあ? しきたり?」
陰氷厥陽、氷厚五寸者、寒温節也。
「陰氷厥陽して、氷厚きこと五寸。」なるものは、寒温節せるなり。
「「今年は、陰がその陽を氷らせて、氷の厚さは11.25センチぐらいだった」というのは、寒さ暑さが適正であった、ということです」
「はあ」
節則刑政平、平則上下和、和則年穀熟。
節なれば刑政平らかに、平らかなれば上下和し、和すれば年穀熟す。
「季節のめぐりが適正なら、刑事事件も行政一般も公平に行われたことでしょう。公平なら、為政者と被治者の間は協力的でしょう。社会が協力的ならその年の穀物はよく稔ったことでしょう」
「それで?」
年充衆和、而伐之。臣恐罷民弊兵、不成君之意。請礼魯、以息吾怨、遣其執、以明吾徳。
年充し衆和、しかるにこれを伐つ。臣恐るらくは、民を罷(つか)らせ兵を弊(やぶ)るも君の意を成さざることを。請う、魯に礼して、以て吾が怨みを息め、その執を遣りて、以て吾が徳を明らかにせんことを。
「収穫が充分で、社会が協力的だ、ということがわかりました。ところが、我が国は今、そいつらを侵攻しております。わたくしは、我が人民たちを疲労させ、我が軍を困憊させるばかりで、殿さまのお考えがうまくいかないことを心配いたします。ぜひ、魯に使者を送って連絡を取り、我が方の敵愾心を収め、戦略目的を棚上げにし、我が方が信頼に足るものであることを相手に明らかにしてください」
景公は
善。
善し。
「わかった」
と言って、
廼不伐魯。
廼(すなわ)ち魯を伐たず。
すぐに魯への侵攻を止めさせた。
・・・・・・・・・・・・・
「晏氏春秋」巻三より。むかしの人はこの程度の情報量でやってたんですね。現代はすぐれているなあ・・・という以外にも、いくつか重要な教訓が含まれていると思うのですが・・・。