10月21日 明日も関西には行かないことに

為善得過期(善を為して期を過ぐるを得たり)(「宣室志」)

今日は行かなかったが明日も行かないことに。手続きミスか確認ミスがあったのでしょうか。

せっかくイヤなこと忘れられる薬を飲むところだったのに、どいつのせいで失敗したのでしょうか?

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唐の会昌年間(841~846)のこと、通州刺史の鄭某に、

有幼女、多疾。若神魂不足者。

鄭刺史はたいへん心配していたが、このころ、

州有王居士者有道術。

そこで、刺史は、王居士を連れて来て幼女を診察させたところ、居士が言うには、

此女生魂未帰。

と。

「どういうことですかな」

此女前身、当死数歳矣。

「じゃが?」。

以平生為善得過期。今年九十余、某県令矣。

向こうが死ねばお嬢さんは元気になられますから、しばらくお待ちなされ」

「ほんとに?」

と誰でも思いますよね。

ところが、

後女忽癒、使往験之、某令以此日無疾而卒。果九十余。

なんと。ほんとだったのです。

しかし、少し大人になってから、娘に、刺史であったころのことを覚えているかと訊いても、いぶかしそうな顔をするばかりで、何も思い出せなかったということである。

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唐・張讀「宣室志」より。本当のことだったみたいなのに、何故前世のことを思い出せなくなったのでしょうか。不思議ですね。実は、これについて科学的に説明した事件が、清・趙吉士「寄園寄所寄」という本の中に書いてあります。(「古今筆記精華」巻二十一所収

・・・宣府の軍人、胡紳の第二夫人が亡くなった。

すると、

八十里外民産一女、生便言我胡指揮二室也。

胡往、女言前生事。胡不覚涙下、遂取女帰。

この女の子が言うには、

幽冥間与世所伝無異。死者須飲迷魂湯。

これを飲むと、前世でのことをすべて忘れるのだという。

「おまえはどうして忘れていないのだね?」

我方飲時為一犬過、踣而失湯、遂不飲。

わんこのせいだったんですね。

それ以降は特に何も無く、

以記憶了了。

なるほど。これはよくわかりました。科学的に解明されました。

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