観タマ記 令和5年9月20日

令和5年9月20日(水)1820(1917)~2125 明治神宮外苑野球場
セントラルリーグ 東京ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズ
中日 200 300 000    5
東京 011 000 031X   6

主審 眞鍋  一塁 木内  二塁 山本貴  三塁 青木

試合開始前にかなり降ってましたので、20分遅れで開始。ドラは初回カリステの3号2ラン、四回も4号ソロなどで三点リード、メヒア→勝野→藤島→フェリス→福とつないでいるうちに5-4になって、八回裏二死一二塁でクローザー役になった松山にスイッチ。しかし神宮はブルペンが見えますが、直前まで祖父江が肩作ってて、松山は突然指示されて2球ぐらい投げたところで登板。連絡悪いなあ、と思いました。しかしがんばって投げていたのですが、塩見への5球目、わたしはパスボールにしか見えませんでしたがワイルドピッチかも知れんけど捕手後逸、三塁側ベンチ近くに転々とする閒に二走・古賀が同点のホームイン。次の球で塩見三振だったんで、残念です。
九回裏は同点でそのまま松山を投げさせるしかなく、一死後山田、村上四球、サンタナ安打の満塁からオスナに左翼線にサヨナラヒット。選手が見事なぐらいベンチの最低限の期待に応えない、応えられない。弱いものはこんなふうに負けてくんですわ。

雨で遅れているのわかってたので職場近くのうどん屋でちゃんぽんうどんなるものを食ったんですが、その際、コショウと間違って食塩を大量に振りかけてしまい、すごい不味いのは不味かったんですがガマンして食ったため、塩からくて咽喉が渇いてたまらぬ。そこで白くまアイスだ。

五回裏終了後に久しぶりで花火。お客様感謝シリーズらしい。

ムラサキ色になりました。

きみどり色も来た。

がんがん来ます。三百発。

煙が充満する。ちなみにくるりんぱはもちろん失敗。

七回のドラたち。目の前のおにいさんたちは元気だった。このあとの展開を考えるとかわいそうである。

試合終了。サヨナラ打のオスナ選手がウオーターシャワーから逃れてすごいスピードで走ってます。

これでもまた明日見に来るドラファンがいるんだから、甘やかしていると言われてもしようがない。

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