婦人観貌(婦人、貌を観る)(「焚書」)
南丹市、解決に近づいているようです。最悪の結果のようです。一方、党大会に自衛隊員を呼んで君が代を歌ってもらった。自民党はどうなってるんですか。防衛大臣も幹事長もどうなってるんだろう。・・・言っときますけど「どうなっているか」と言っているだけですからね!愛国の心は変わらずあるのですぞ。世界中のひとが来たがるんだから我が国が一番過ごしやすいんです。

原作ではいろんなひとに迷惑をかけているぜ! しかし、私人として頼んだのに勝手に制服着て歌いに来たりする・・・ことはないのさ! したいほうだいはいいんだけど、みんなでそんなことしたいのか。
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歴史の本でも読むか。
三国の英雄・曹操さまのことだが、
欲以愛女嫁丁儀。五官中郎将曰、婦人観貌、而丁儀目眇、恐愛女不悦。
愛女を以て丁儀に嫁せんと欲す。五官中郎将曰く、「婦人は貌を観る。しかして丁儀は目眇、恐るらくは愛女悦こばざらん」と。
愛する娘を丁儀にヨメにやろうと考えた。大臣がそれを聞きつけて言った、
「おんなはひとを顔で判断しますからね。すべてビジュアルファースト。ところが丁儀どのは片目が小さい。おそらく愛されておられるおじょうさまは、がっかりなさるのではないでしょうかなあ」
「ふーん」
その後しばらくして、曹操さまは丁儀と会った。
因坐而劇談、勃然起曰、好士、即使其両目盲、猶当嫁女与之、何況但眇。是児誤我。
因りて坐して劇談し、勃然と起ちて曰く、「好き士なり、即ちその両目を盲いせしむるも、なお女を嫁してこれに与うべきに、何ぞいわんやただ眇なるを。この児、我を誤またんとす」と。
そこで、座り合って激しい議論を交わした。すると、曹操さまは突然ぼよよんと立ち上がり、言った、
「やはりいいおとこではないか。たとえ両目が見えなくても、なお娘を嫁に与うべきだ。どうしてただ片目が小さいというだけで考えを変える必要はなかったのだ。あのやろう、わしを迷わせおって!」
と。
ここからはわしの感想を言います。
嗚呼。曹公愛才而忘其眇、愛才而忘其愛、愛才而忘其女之所不愛、若曹公真可謂愛才之極矣。
嗚呼、曹公才を愛してその眇なるを忘れ、才を愛してその愛するを忘れ、才を愛してその女の愛せざるを忘る。曹公のごときは真に愛才の極と謂いつべし。
ああ! 曹操さまは人の才能を愛してそのひとが片目が小さいことに気づかなった。才能を愛して自分の愛する人を忘れてしまった。才能を愛してその娘の愛さないところが何かを考えなかった。曹操さまのごときお方は、ほんとうに才能を愛するの極致というべきでありましょう。
夫人以目眇為病、丁儀独以目眇見為奇。吾是以知曹公之具眼矣。是故独能以隻眼視丁儀也。
それ、人は目の眇なるを以て病と為すも、丁儀ひとり目の眇なるを以て奇と為さる。吾、これを以て曹公の具現なるを知る。この故に独り能く隻眼以て丁儀を視るなり。
さて、普通の人は、目が片一方小さいと治そうと考えるものだが、丁儀だけは目が片一方小さいことをすごい、とされている。わたしはこれによって、曹操さまは人を見抜く力を持っているのだ、と認識した。そこで、曹操さまだけは、よく片目で丁儀を視ることができていたのだ。
何言っているかわからないですが、自分を片目ということにして(へりくだって)、丁儀を視て、その才能を見出した、という解釈でいいんでしょうか。
是故丁儀可以失愛女、而不可以失岳翁。縦可以不称額翁、而不得不称以知己之主。
この故に丁儀は以て愛女を失うべきも、以て岳翁を失うべからず。もし以て岳翁を称せざるも、知己の主を称せざるを得ざるなり。
こういうわけで、丁儀は愛する女を失ってもいいけど、ヨメのおやじを失うわけにはいかないのだ。もしヨメのおやじを称賛することがなくても、おのれを知ってくれている主君を称賛しないわけにはいかないのである。、
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明・李贄「焚書」巻五「読史」より。「おんなはビジュアルしか見ておりませんぞ」とか「あいつは片目でございますからなあ」と押し殺した声で言う五官中郎将、がいい味出していますね。
夜早く寝ても朝早く起きて、結局一日中眠い、という状態はかわりません。今日も作業なかなか進まず。明日どこまでやれるか。だがとにかく眠い。むにゃむにゃ。
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