3月28日 毎日多忙で困っています

悦然後食(悦びて然る後食らう)(「新序」)

悦ばないと食わない、とはなんと自制心の強い人であろうか。

肝冷庵の日々は、趣味とも言えない観タマ、観ネコなどで費やされて行くのだ。ほかにノルマ読書などもかなり苦痛だ。

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戦国時代の斉の国で出来ごとだそうですが、

靖郭君残賊其百姓、害傷其群臣。

このため、

国人将背叛共逐之。其御知之、予装齎食。

及乱作、靖郭君出亡。

至於野而饑、其御出所装食進之。

食べ物を手にしながら、靖郭君は言った、

何以知之、而齎食。

御者はお答えした、

君之暴虐、其臣下之謀久矣。

「なにい!」
靖郭君は、

怒不食。曰、以吾賢至聞。何謂暴虐。

わしは、わしの悪口を聞いたことがないぐらいなんじゃぞ!」

其御懼曰、臣言過也。君実賢、唯群臣不肖、共害賢。

「うんうん」

靖郭君悦然後食。

靖郭君雖至死亡、終身不諭者也。悲夫。

靖郭君は死んでしまうまで、生涯、わからなかった人なのである。悲しいことではありませんか。

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漢・劉向「新序」巻五「雑事篇」より。斉の靖郭君というのは、威王(前356~前320)の末子で、宣王(在位前319~前301)の時にかけて仕えた薛公・田嬰(孟嘗君・田文のおやじです)のことなのですが、田姓斉国の最盛期を支えた田嬰が亡命したという事実が確認できません。実話というより劉向が収集してきた稗史小説の類なのかと思われます。
いやもしかしたら黒歴史がたくさんあって、その記録は机の下などに隠してあったのが見つかったのかも知れません。全勝さんは大丈夫でしょうけど。520万キリ番惜しかった。

観ネコ記 令和8年3月24・25日

今週沖縄に行って観ネコしていたのを忘れるところでしたので、ここに記録しておきます。

じゃーん!

一か月ぶりの首里ネコでした。冬毛が抜けたからか、かわいくなって見えます。だが、相変わらずの暴虐だ。われら人民の反乱も近いかも。

浦添の公園にいました。①一段離れたところまで手を延ばすと逃げる、②足が悪いらしくて段を下がるのに苦労している(昇る方がいいみたい)という二つの条件を満たすために苦労してかりかりを食わせる。

那覇市某所の看板ネコ。

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