3月27日 桜は咲いたが今日も雨降り

佳句甚夥(佳句甚だ夥し)(「巾箱説」)

こんな人になりたいものである。

冬眠明けで、そろそろまた市民のみなさまを恐怖に震えさせるでクマー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

周漁山は字・復菴は自ら天台山人と号し、

善摂生而工詩、康煕壬午、年百有七矣。

わたしはその年、呉の陳琰と一緒に画策して、西湖のほとりで詩会を開いた。

名流百輩、遠近咸集。山人翩躚而来、神韵軽挙。

詩多不経人道者。曾記其過湖上。

金装玉裹梅辺鶴、翠繞珠囲柳浪鶯。

これはこの年、浙江に皇帝の行幸があった際の近侍の者たちの服装を詠んだもので、

反失本色、二語如覩已。

このほか、

佳句甚夥、予不能記。

惜数月山人化去、其遺稿不可得矣。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清・金埴「巾箱説」より。百七歳で詩会にやってくるとは、すばらしい。それから数か月後にはおさらばしてしまうのですから、ほとんど健康寿命です。遺稿も、読まれると恥ずかしいかも知れないので、読まれなくてよかったかも知れません。いろいろ理想的。

ホームへ
日録目次へ

コメントを残す