佳句甚夥(佳句甚だ夥し)(「巾箱説」)
こんな人になりたいものである。

冬眠明けで、そろそろまた市民のみなさまを恐怖に震えさせるでクマー。
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周漁山は字・復菴は自ら天台山人と号し、
善摂生而工詩、康煕壬午、年百有七矣。
摂生を善くして詩に工(たく)み、康煕壬午、年百有七なり。
健康に気を遣い、詩は上手で、康煕壬午年(1702年)に、百七歳であった。
わたしはその年、呉の陳琰と一緒に画策して、西湖のほとりで詩会を開いた。
名流百輩、遠近咸集。山人翩躚而来、神韵軽挙。
名流百輩、遠近みな集まれり。山人、翩躚(へんせん)として来たり、神韵軽挙せり。
名前の通ったひとたちが百人も、遠いところ近いところからみんな集まってきてくれた。天台山人の足取りも軽くお見えになり、その精神や風情は高尚で軽快であられた。
詩多不経人道者。曾記其過湖上。
詩多くは人の道(い)うを経ざるものなり。曾て、その「湖上を過ぐ」を記す。
その際も多くの詩をお作りになったが、その多くは人間界で誰もコトバにしたことのないようなものだった。「湖の上を過ぎていく」の詩に次のような一節があったと記憶する。
金装玉裹梅辺鶴、翠繞珠囲柳浪鶯。
金は玉を装いて梅辺の鶴を裹(つつ)み、翠(みどり)は珠を繞らせて柳浪の鶯を囲む。
黄金色に輝いているのは、飾りの玉が梅の木にいる鶴を包み込んでいるのだ。みどり色に見えたのは、真珠を環にしたような柳の枝が、波のようにウグイスを取り囲んでいるのだ。
これはこの年、浙江に皇帝の行幸があった際の近侍の者たちの服装を詠んだもので、
反失本色、二語如覩已。
反って本色を失うも、二語覩(み)るが如し。
かえって山人の本来の詩風とは外れているようだが、二つの表現はまるで目の前に見えるかのような出来栄えである。
このほか、
佳句甚夥、予不能記。
佳句甚だ夥しく、予記する能わず。
いい句がものすごく多くて、なかなか記憶できないほどである。
惜数月山人化去、其遺稿不可得矣。
惜しむらくは、数月にして山人化去し、その遺稿も得べからざることなり。
惜しいことに、それから数か月で天台山人は人間世界から去ってしまい、その遺稿も手に入らなくなっているのである。
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清・金埴「巾箱説」より。百七歳で詩会にやってくるとは、すばらしい。それから数か月後にはおさらばしてしまうのですから、ほとんど健康寿命です。遺稿も、読まれると恥ずかしいかも知れないので、読まれなくてよかったかも知れません。いろいろ理想的。
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