無木無魚(木無く魚無し)(「鶏肋編」)
サイタマみたいなものでしょうか。いや、サイタマは人情に篤い。関西の方か。

さくらもち美味い。鶏肋の比ではないでもっち。でもこんな悪口ばかり書いていると友だち失くすでもっち。本名でないから大丈夫?全勝さんの教えに真っ向から歯向かうでもっち?
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宋の時代のことですが、浙江の越州は、
在鑑湖之中、繞以秦望等山、而魚薪艱得。
鑑湖の中に在り、秦望等の山を以て繞らすれども、魚薪得るに艱(くる)しむ。
町は名勝・鑑湖の中の半島にあり、その周りはこれも名高い秦望山などの山なみが取り囲んでいる。なのに、魚や薪が手に入りづらいのである。
そこで、俗諺に言う、
有山無木、有水無魚、有人無義。
山は有れども木無く、水有れども魚無く、人有れども義無し。
山は近いが木が生えてない、水はあるけど魚は居らぬ、人は多いが道義は通らぬ。
と。人情が薄いのでしょう。ところがこのコトバには、
里俗頗以為諱、言及無魚、則怒而欲争矣。
里俗すこぶる以て諱と為し、言いて「無魚」に及べば、すなわち怒りて争わんと欲す。
地元の風習では絶対「言ってはいけないこと」だとしていて、他の地方のひとがこの俗諺を口にして、「・・・魚無く、」のところまで来ると怒って喧嘩を吹っ掛けてくる。
ほんとに人間が成っていない。また、
井深者不過丈尺、浅者可以手汲、霖雨之時、平地発之則泉出。
井の深きものも丈尺に過ぎず、浅きものは手を以て汲むべく、霖雨の時は平地もこれを発すればすなわち泉出す。
井戸があっても一番深いもので2メートルぐらいしかなく、浅いものはつるべなど使わずにそのまま手で汲み取るぐらいである。長雨が降ると、普通の平たい地面でも、掘ると水が湧き始める。
これは湖に取り囲まれているからさもありなん、という特徴だが、
然旱不旬日、則井已涸矣。皆謂泉乃横流故爾。蓋滅裂不肯深浚、致源不広也。
然るに旱すること旬日ならずして、すなわち井すでに涸る。みな謂うに、泉すなわち横流するゆえに爾(しか)すと。けだし、滅裂して深く浚うを肯ぜず、源を致すも広からざるなり。
一方で雨が降らなくなって十日にもならないのに、もう井戸が涸れてしまうのだ。みなさんの分析では、泉の水が横に流れてしまうので(水深が無く)そんなことにんってしまうのだという。つまり、水が分散してしまって、底を深く浚うことができないし、水源を突き止めてもあまり大きくないからなのだ。
そこでまたこんな風に言われている、
地無三尺土、人無十日恩。
地に三尺の土無く、人に十日の恩無し。
この町の大地には、一メートルも土が無い。この町の住民は、十日も恩義を覚えていない。
ただし、
此語通二浙皆云。
この語は二浙を通じてみな云えり。
このコトバは、(越州だけでなく)浙東・浙西を通じてどこでも言われることである。
なので、越州の人はこのコトバを聞いても怒ってはこない。
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宋・荘綽「鶏肋編」上より。荘綽は字・季裕、自らは福建・清源のひと、と言っているそうですが、成長したのは河南・潁川、北宋の終り頃に官について、南宋のはじめごろまで、実に多くの任地で役人生活を送ったそうです。↑で浙江の悪口言いまくっているので、自分の出身地かと思ってましたが、生まれ育ちには全く関係ないみたいですね。これは友だち失くすぞ。
人生の細かいことはあんまりわからないのですが、彼の遺した随筆集が「鶏肋編」。もちろん、魏武侯・曹操がもう肉は無いけど捨てられない、価値は無さそうだけどなかなか思い切れないものを「鶏肋、鶏肋」(ニワトリの骨付き肉)とつぶやいたという故事に従って、「価値は無さそうなんだけど捨てきれない事件や考証のメモ」を記録してくれました。少し先輩の沈括「夢渓筆談」と並称される名著です。
先月から読んでいた清・金埴の「不下帯編・巾箱説」を読み終わったので、今度はこれを読みます。今日の記事も如何にも「鶏肋」でしょう。
どこの国でも社会はメンバーシップ型、企業だけが特異なジョブ型、日本は企業もメンバーシップ型のよい社会、なのかも知れません。労働生産性は低いのでしょう。衰退国家なので。
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