生王之頭(生ける王の頭)(「戦国策」)
生ける王の頭なんか、ネコも食わないでしょう。

ひしもち食うやつはいるでしょう。ひしもち以下の価値しかないかも。
でも王さまが死んでて、抵抗できない、とわかると百姓一揆のようにみんな一か所に集まって取り合いするかも。
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昨日の続きです。
・・・斉王は左右の者を制して言った、
有説乎。
説有るか。
「どういうことだ。説明してくれ」
韓蜀(←めんどくさいのですぐ出てくるこの字で行きます)が「王さまよりヒラの士の方が貴い」と言ったので、説明を求めたのです。
蜀は言った、
有。昔者秦攻斉、令曰有敢去柳下季壟五十歩而樵採者、死不赦。令曰、有能得斉王頭者、封万戸侯、賜金千鎰。
有り。昔、秦の斉を攻むるに、令して曰く、「敢えて柳下季の壟を去ること五十歩にて樵採する者は、死して赦さず」と。令して曰く、「よく斉王の頭を得る者有れば、万戸侯に封じ、金千鎰を賜らん」と。
「柳下季」は(斉への道筋にある)魯の昔の賢者「柳下恵」のこと。本名は展禽といって、「論語」にも孔子の尊敬する先輩として何度か登場します。「壟」(ろう)は盛り土。つまりここでは「お墓」です。一鎰(いつ)は24両、1両は16グラムなので、250グラム強ですか。ということは1000鎰は250キログラム、金1グラムは今日は28,000円ぐらいだそうですから、計算すると、えーと、えーと・・・70億円かな。
申し上げましょう。むかし、秦の国が我が斉の国を攻めてきたことがございました。この時、秦の王は、部下に対して命令しております。
「(魯の国を通過することになるが、)魯の賢者・柳下恵どのの墓所を騒がしてならん。お墓のまわり、五十歩を離れていないところでは、一本の薪木も取ってはならない。あえてそんなことをしたやつは、死罪。絶対に許さない」
さらに、またこんな命令も下しております。
「斉の王の首をとってきたやつには、一万戸の土地の公に封じ、黄金70億円分を授けるぞ」
と。
これを考えてみますと、士でしかなかった柳下恵は、お墓を騒がしただけで死罪の価値。これに対して、生きている王さまは、首をとると諸侯になり、莫大な賞金ももらえますから、大きなマイナスの価値があることになります。
由是観之、生王之頭、曾不若死士之壟也。
これに由りてこれを観るに、生ける王の頭は、曾て死せる士の壟に若かざるなり。
このことから考えてみますに、生きている王さまの頭の価値は、つねに死んだ(立派な)士のお墓にも敵わない、ということがわかります。
宣王黙然不説。
宣王、黙然として説ばず。
斉の宣王さまは、この話を聴いて、黙りこくったまま不愉快そうであった。
雰囲気が悪い。左右の者たちは「状況を変えねば」と思ったのでしょう、まるで歌うように言い始めた。
蜀来蜀来、大王拠千乗之地、而建千石鍾万石簴。天下之士、仁義皆来役処。弁智並進、莫不来語。東西南北莫敢不来服、万物無不備具、而百姓無不親附。
蜀来たれ蜀来たれ、大王は千乗の地に拠り、而して千石の鍾、万石の簴(きょ)を建つ。天下の士、仁義なるものみな来たりて役処し、弁智並びに進みて来語せざるなし。東西南北敢えて来服せざるなく、万物備具せざる無く、百姓親附せざる無し。
蜀さんよ、蜀さんよ、おまえからこちらに来なされよ。
われらが大王さまは千台の戦車を出す領地を持ち、1000石(250キログラム)の穀物が入るほどの青銅の鐘を作り、1万石(2.5屯)を吊り下げられる台を設けたのだ。
(それほど豊かなので)天下の士は、仁なる者義なる者、みんな来て仕事をしているし、口がうまいやつ頭の切れるやつ、並んでやってきてためになる話をしてくれる。
東西南北の人民たちはみな(代表者が)やってきて服属し、よろずの物で具わらない者は無いし、人民どもはみな親し気につき従っている。
今夫士之高者、乃称匹夫徒歩而処農畝、下則鄙野、監門閭里。士之賤也亦甚矣。
今、夫(か)の士の高き者は、すなわち匹夫徒歩と称して農畝に処り、下(くだ)れるはすなわち鄙野にして、閭里に監門たり。士の賤しきやまた甚だしきかな。
一方、その士という者、高クラスの者は、「下らぬ者ゆえ徒歩あるき」と唱えながら田や畑におります。下の方の者は田舎者で、横町に入る門の見張りで食いつないでいる始末。
士が賤しい者であること、やはりひどいものではないかいな。
蜀は答えて言った、
不然。
然らず。
「それは違いますな」
「な、なにーーー!」
せっかく場を盛り上げようとしているのに、なんてことを。
はい、今日はここまでにございます。
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「戦国策」巻四「斉策上」より。この話まだ続くので、次回は別の話を入れてしばらくしてから第三回をやります。続けてやろうとするとだんだんめんどくさくなってきて、続けられないんです。
恵
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