咸驚異之(みな驚きてこれを異とせり)(「巾箱説」)
昨日の記事で、隋~元までは戯曲の名前があるのに何で明がないのか、という疑問を持ったひとがいたかも知れませんが、そんなことはわたしは知りませんが、おそらく明と清の芝居にはそんなに差がない、というのが(実証的には知りませんけど)著者・金埴さんの意識なのだろうと思います。その上で、元雑劇の古典性、規範性を論じていたのが昨日の文章なのでしょう。

おれも江戸時代からの規範性があるんニャ。好き放題はできないんニャ。
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明の天順年間(1457~64)の末ごろのことじゃが、
曹州東嶽神廟祈賽。
曹州の東嶽神の廟にて祈賽す。
山東の曹州にある東嶽(泰山のことです)の神の神社で、お祭りが行われた。
「賽」(さい)は何かを祈るために財宝を捧げることが本来の意味のようですが、一般に「お祭り」、特に近世では、屋台や芝居に係る「縁日」を言っていると思ってください。
有優人扮五竜王、擘生分子為戯。
優人の五竜王に扮して、生を擘(さ)き子を分かつを戯と為す有り。
俳優たちが五人の竜王(東西南北+中央)に扮装して、自分たちの分身である子龍を各地に派遣して権勢を争うことを芝居に仕立てて演じるだしものがあった。
昨日の十二科では「神仙道化」か「神頭鬼面」というのに当たるでしょうか。何も知らない人民は、こういうのを見て、かっこいいとかサスペンスとか感じた上に、河川や海に関する地理を学んでいたのだと思います。
其一人問云、生分子何在。
その一人問いて云う、「生の分子いずくに在りや」。
五竜王の一人が別の竜王に問うた、「おまえさんの分身の子龍は、今どこにおるんじゃ?」と。
一人答云、在張家楼飲酒。
一人答えて云う、「張家楼に在りて飲酒せり」と。
別の一人が答えて云った、「わしの子は、張家楼にいて酒を飲んでおる」と。
これはアドリブで、この時、
州判之子方宴於張家楼。
州判の子、まさに張家楼にて宴せり。
州の幹部の子(成人)が、ちょうど州では高名な張家楼という酒楼で宴会を開いて以いたのである。
これをからかったのだ。
ところが、同じころ、張家楼のあたりはにわか雨が降り出し、州判の子は
為暴雷震死。
暴雷のために震死せり。
カミナリが落ちてきて、撃たれて死んでしまったのだ。
与優人語恰合、人咸驚異之。
優人の語と恰合し、人みな驚きてこれを異とす。
民間信仰では龍がカミナリになる。龍の分身が張家楼に行った、ということと落雷が符号し、俳優の言った言葉とぴったり合ってしまった。ひとびとはみんな驚き、不思議なこととした。
というように、明代にも盛んに演劇は行われていたのです。
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清・金埴「巾箱説」より。そりゃ、びっくりして不思議に思うでしょう。(陰謀では?)と想像を働かせてしまう人もいるかも知れません。いや、もしかしたら陰謀かも。もう何から何まで陰謀らしい世の中でございますから。「この人」が太るのも陰謀かも知れません。
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