不能出範囲(範囲を出づる能わず)
整骨院→観タマ→観ネコ→労働で深夜、さらにこの更新ノルマで読書ノルマや風呂ノルマがおろそかに・・・。

謡でもはじめて、人の心を操ってみたまえ。
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こんなことばかり紹介しているから時間が無くなるんでしょう。かっこいい格言のひとつでも紹介して寝ればいいのに、、、と賢いひとは思うかも・・・の前にこんなところ見ないですよね。見ている人はそれだけで時間を無駄遣いする愚か者かも知れません。
戯曲至隋始盛、在隋謂之康衢戯。唐謂之梨園楽、宋謂之華林戯、元謂之昇平楽。
戯曲は隋に至りて始めて盛え、隋に在りてはこれを「康衢戯」と謂えり。唐にはこれを「梨園楽」と謂い、宋にはこれを「華林戯」と謂い、元にはこれを「昇平楽」と謂う。
戯曲というのは、隋の時代になって、やっと盛んになったのである。隋の時代にはこれを「サマルカンド芝居」(「康」がサマルカンドの物や人を指すことからの意訳です。気にしないでください)といった。唐の時代には「宮中楽団演技」といい、宋の時代には「華やか劇団戯曲」といい、元の時代には「めでた芝居」と言った。
其元人雑劇則有十二科名。
それ、元人雑劇はすなわち十二科名有り。
さて、元のひとたちが作り、演じた悲喜劇や楽舞には、「十二種だしもの」があったのである。
舞台で演じられるものはだいたい次の十二種に分けられたのだ。
神仙道化 ・・・ 仙人になったり神さまになったりする芝居
林泉丘壑 ・・・ 林や泉や丘や山に出かけて自然を楽しむ様子の芝居
披袍秉笏 ・・・ 上着を着て笏を持つ高官たちの芝居(コメディー?)
忠臣烈士 ・・・ 忠義の臣、激烈の士を描く芝居
孝義廉節 ・・・ 孝行や義理や清廉や節義を守るひとを描く芝居
叱姦罵讒 ・・・ 悪党や讒言する者をやっつける芝居
逐臣孤子 ・・・ 追われた忠臣や孤児を描くお涙頂戴もの
鏺刀趕棒 ・・・ 刀を振るい棒を振り回す活劇
風花雪月 ・・・ そよ風・花・雪・月と優雅な宴会などの芝居
悲歓離合 ・・・ 別れの悲しみ、出会いの喜びを描く
烟花粉黛 ・・・ あえかな美しい女性となよなよした美男のお話
神頭鬼面 ・・・ 神さまの飾りや精霊の仮面をつけた楽舞
今優人登場、爨演所謂古戯、新戯者多法元人院本、不能出其範囲於十二科之外。
今、優人登場して、いわゆる古戯・新戯を爨演する者は多く元人の院本に法り、その範囲の十二科の外に出づる能わず。
現代(清代です)、芸能人が登場して、「むかしの芝居」「今の芝居」を上演する場合、たいていは元の時代に王室劇団で作られた台本をもとにしていて、内容は上記の十二種の外に出るなんてことは、できようがない。
確かに水戸黄門の各回など、どれかに当てはまりますね。
その中で、
若夫爨演逼肖処、能令観者色動神飛、乍驚乍喜、甚至有簾幕中人涙漬巾袖者。蓋彼渾忘其当場之仮、而直認為現在之真矣。
もし夫の爨演の逼肖の処、よく観者の色動かし神飛ばせしめ、たちまち驚きたちまち喜び、甚だしきは簾幕中の人の涙巾袖を漬くる者有るに至る。蓋し、彼はその当場の仮なるを渾て忘れ、ただに現在の真たると認むればなり。
もしも、その上演がものすごくホンモノに似たならば、それが観劇者の顔を動かし、心を吹っ飛ばして、驚いたり喜んだり、さらには簾や幕の向こうで見ている(高貴な)方々のハンカチや袖を涙でぐちゃぐちゃにしてしまうぐらいのことを仕出かすのである。つまり、見ているひとはそれがその場限りの仮の姿であることを忘れて、本当にある真実だとひたすら思ってしまうのだ。
舞台に登って、悪役の代官に重傷を負わせた者もいる世の中だ。この世には、おろかものが多いのです。
わたし(肝冷庵ではありません)は思うに、
凡古今善悪之報、筆之於書以訓人、反不若演之於劇以感人為較易也。
およそ古今の善悪の報は、これを書に筆して以て人を訓うるも、反ってこれを劇に演じて以て人を感ぜしむること較易と為すなり。
だいたい、むかしの話も今の話も、善と悪がそれぞれどんな報いを受けるのか、筆で文章に書いて人びとに教えるよりも、劇で演じて人びとに感動させる方が、かえって比較的簡単なのではないかと思うのである。
然則梨園一曲、原不徒為娯耳悦目而設、有志斯民者、誠欲移風易俗、則必自刪正伝奇始矣。
然れば則ち梨園の一曲は、もと徒らに耳を娯しましめ目を悦ばしむるために設くるにあらず、この民に志有る者、誠に風を移し俗を易えんと欲すれば、すなわち必ず自ら正を刪し奇を伝うるを始むるなり。
というわけですから、劇団の一芝居は、もともとただ耳を楽しませ目で気持ちよくなる娯楽のためのものなのではないのです。人民たちを治めようという志の有る人が、人民たちの怪しからん風俗を換えようと誠実に思うならば、必ず自ら(もとの台本を)削って正しくし、おもしろくして伝えることから始めなければならないのです。
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清・金埴「巾箱説巻」より。やっぱり雰囲気や決意や涙流してきれいごと並べる、ですよ。ちゃんと仕事してる人もいますが、政策や責任なんて言ってては人の心を打たないのだ、ということがわかる。よし、今日から心を入れ換えて〇〇活するか。ホルムズ艦艇派遣も来たし、流れに逆らうわけにはいかんからなあ。
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