天下安寧(天下安寧なり)(「山海経」)
買って来ないといけないものは必ず忘れて来るんですよね。ということで、大きな字で書いて忘れないようにしてみました。マウスないとコピーペーストができないからリンクが貼れません。ほんとに困りますね。

平和の鳥は、おれたちみたいなものでコケ。
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タンカーやられても、遠い遠いところですから、まあいいか。震災もしばらく来ない、と思うんです。
女牀山有鳥、五采、名曰鸞。
女牀山に鳥有り、五采にして、名は「鸞」と曰う
「鸞」(らん)は形はニワトリに似、鳳凰の一種だという。
どうやら「鳳凰」は属名か何かで、その下に細かい分類があるようです。(むかしの東洋人の頭の中では)
女牀山という遠いところにある山に、五色の羽毛の鳥がいる。これを「鸞」という。鳳凰の一種である。
見則天下安寧。
見(あら)わるれば、天下安寧なり。
この鳥が出現するときは、天下が安らかな時である。
また、
九疑山有五采之鳥、名鷖。
九疑山に五采の鳥有り、「鷖」と名づく。
湖南の南部、古代の辺境に九疑山という不思議な形の山があり、そこに五色の鳥がいる。その名は「鷖」。
「鷖」(えい)はどんな鳥か解説がないのですが、あるいは「鳳凰」の別名、方言だというので、これも平和な時代にしか現れないでしょう。
いまのところまだいると思います。平和ぼけしてるので。
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「山海経」より。世界にはいろんなところに平和の鳥がいるんですね。ところで、この「鸞」「鷖」は一羽だけで棲んでいるそうで、「鳳凰」がオスの「鳳」とメスの「凰」のつがいでいるのと、ずいぶん生態が違うのだそうです。
何孤行之焭焭兮、孑不群而介立。感鸞鷖之特棲兮、悲淑人之稀合。
何ぞ孤行の焭焭(けいけい)たる、孑(げつ)として群れずして介立す。
「焭」(けい)は孤独なさま。「ぼっち」。「孑」(げつ)は「子」の片腕が欠けている姿。「ひとり」を表します。「介立」も独りで立つ、「孤立」の意。
たった一人で旅していく、なんと孤独げなその人の姿よ。
独りで、群れることなく、ひとりぼっちで立っているのだ。
鸞鷖の特に棲めるに感じては、淑人の稀に合うを悲しむなり。
「鸞」も「鷖」も一羽だけで棲息していることを思いやれば、
よき君子とはほんのひと時しかともにいられないのだ、悲しいかな。
後漢・張衡「思玄賦」(世界の秘密を思うのうた)より。宇宙で他の知的生命体に出会うことがないのは、それぞれの文明が短すぎて高い科学技術を持った時には、あっという間に滅んでしまうからだ、という説明があります。しかし、他の生命体は心が気高いのでわしらなんかと群れる気はないだけなのかも。
新住民が増えている、というのはおもしろいですね。いつの間にか知的生命体が増えているかも。
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