維以傒穀(これ以て穀を傒(ま)つ)(「太玄経」)
15年前は寒い年だった記憶があるのですが、実際はどうだったですかね。もう15年も経ったんですね。日本人の考えが変わったような気がしましたが、いつの間にかいつもどおりの日本人になったような・・・。
今日は四十年前の同僚と一席。みんないい人になったなあ、と感心します。人間の本性は善でも悪でもなく、みな丸まっていくだけなのかも知れません。

おいらのようにまるく生きよう。石だから叩かれても大丈夫。(時々首落ちる)
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三月十日は「傒」(待つ)の次四と次五に当たるから、昼間は、
誳其角、直其足。維以傒穀。
その角を誳(ま)げ、その足を直くす。これ以て穀を傒(ま)て。
おまえさんの角を曲げて、頭を下げよ。足はまっすぐ延ばしたままだ。そのように表面を柔軟にして、内面は正しさを失わないで、給料がもらえる(用いられる)のを待つがいい。
夜は、
大爵、集于宮庸。小人庳傒空。
大爵は宮庸に集まれり。小人は庳にして空しきを傒(ま)たん。
この「爵」(しゃく)は「雀」と同じで鳥のこと、「大爵」は大きな鳥=はやぶさのことです。「庸」は「墉」のことで、「ひめがき」。建物の屋上などに敵の弓矢での攻撃を避けるために設けられる丈の低い牆壁。
はやぶさは宮殿の屋上に集まっている。すぐれた者たちはもう仕官したのだ。ちっぽけなやつは卑しく、自分が採用されるのを待っているが、それは空しい期待である。
なんですよ。
・・・何言っているんだ、この人は?
と思ったかも知れませんが、これは漢の揚雄(字・子雲)の書いた「太玄経」の一節です。「太玄経」(聖人が定めた経典ではない、ということから、単に「太玄」という時もあります)は「易」に倣って考え出されたもので、「易」は人生を考える箴言にもなりますが、占いの場合には、陰と陽の2項対立を6乗する、2✕2✕2✕2✕2✕2=64とおりの「卦」に分けて占いますが、「太玄」占は天・地・人の三項を対立させ、3✕3✕3✕3=81とおりの「家」に分けて占う仕組みになっています。また、各家に九つの「賛」という占辞がついており、これは「2賛で一日」を表わすことになっていて、わざわざ占いを立てなくても、太陽暦の日付を見れば、昼と夜にあてはまる「箴言」が得られる、という優れものになっています。81✕9÷2ですから、364.5になってしまいますが、最後に独立した賛が二つ建てられていて、ほぼ一太陽年の日数になります。
今日はその中から、「冬至」から数えて非閏年の三月十日に該当する2つの賛をご紹介しました。
・・・ということは、いつでもネタに困ったら使えるっていうことですよ。
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漢・揚雄「太玄経」俟家「次四・次五」賛。揚雄は前漢の末ごろに古代からのいろんな学問を集大成しようとしたすごい人で、近世の朱子に当たるような大学者ですが、
「でも揚雄って、逆臣・王莽に与した非道徳的なひととして後世のえらい人たち(正統派)から批判されてるんでしょ」
「だいたい、聖人の文王や孔子が作った(と当時信じられていた)「易」の真似をしようなんて、どういうことなのかね。科挙の勉強だけで大変なのに、創造性を発揮しようなんて」
「孟子→朱子学の「性善説」でなく「人間の本性には善悪が混在する」という科挙では通らない説を立てたんですよね」
「罪に問われそうになって自殺未遂を起こしてるんですよね」
「要するに敗者なのさ、あははは」「いひひひ」「おほほほ」「ぎへへへ」
って、あんたらは揚雄を徹底的に批判して、倫理主義で人間を縛り上げた宋儒の類か。ああ悲しいかな。
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