令和8年3月調査報告(青梅)

3月7日(土) ・・・ 青梅に行ってきました。やっぱり都心より数度寒いですね。

〇津雲国利邸 ・・・ 津雲は昭和戦前~戦後のある種典型的な政友会・自由党系政治家です。もともと宇都宮で〇クザと〇キヤの仲を取り持って不良債権を返させて安田善治郎に認められ、銀行家より政治家が向いている、というので、衆議院第一回普通選挙に当選。政治家としても不思議な存在感を持っていた人ですが仏像のコレクターとしては国内随一クラス。大きくはないけどかっこいい和洋中折衷の家も自分で監督して造り(建築費は怪物・久原房之助が出したとかないとか)、その家が今も遺って青梅市で管理しています。戦後は賀陽の宮家と姻族になるのですが、そちらは長続きしなかった・・・。
御当主(国利の孫)がいろいろ教えてくれました。仏像収集すごいです。住宅は年中開いているというわけではないようですが、東京の人は一度は見ておくといいのでは。東京都下ですからね。

こんな小さな門構えなんですが。

二階の部屋です。成金でもないし枯れてもいないし、趣味いいね。

こんなひとです。1972年に78歳で亡くなった。「その年になった」と御当主が言ってました。

右手の家が津雲邸。こちらのお寺は津雲さんとは関係なく、亡くなった我が子の菩提のために浅草の五重塔の模型を作って寄進してくれた人のもの。

〇稲葉家住宅 ・・・ こちらは青梅の草分け的存在、江戸前期からの材木商・稲葉家。住宅が建てられた幕末には織物問屋だったそうで、珍しい三階土蔵があります。梁や柱がすごい。

青梅街道沿いにあります。

三階土蔵。確かに珍しい。

〇森下陣屋址 ・・・ 陣屋内にあった神社部分だけ残っています。あとはバスターミナルになってますが、江戸時代前期、八王子代官所の支所として設けられ青梅、茂呂、高麗まで「山の根二万五千石」を支配したそうです。十八世紀半ばに、関東代官・伊奈氏が吸収したとのこと。

拝殿から鳥居を望む。青梅街道が江戸からこちらに向かってきて、ここで左に曲がります。

〇金剛寺 ・・・ 真言宗。ここも青梅の草分け的お寺です。境内のウメは平将門さまがお植えになったとか。境内のお墓は無造作に寛文や延宝のものが。上方なら「ふーん」かも知れませんが、関東ではかなり古い。

この山門は17世紀初めのもの。この少し後には日光東照宮みたいな派手な造り(権現づくり)になるので、素朴な味わいがある、そうです。

これが将門公誓いのウメ、のずっと後継のウメだそうです。

織物町でネコが多く、「ネコ町」と呼ばれたそうですが、今は野外には一匹もいませんでした。午後4時前には寒くなってきたので、もう帰りますわー。

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