3月8日 若いひとのためになるようなこと話したい

誠有味乎(誠に味有らんや)(「不下帯編」)

中学校の同窓会か・・・(岡本全勝HPによる。開けなくなってしまいました)。懐かしくて( ;∀;)がにじみますが、あのころの夢はどうなってしまったんだろうなあ。というより、あのころどんな夢を見ていたかさえ覚えてないような気がします。東京に言って薬〇丸ひろ子先生に会ってみたい!というのは高校時代だなあ。中学校のころ何考えて生きていたのであろうか。
自分が中学生のこととか思い出すと、おそらく大人に何か言われてもわけわからへんだと思いますわ。怒鳴られてもわからへんだんですもん。
うーん。漢文は大人に読んでもらって、「ああ、もっと若いころに聞いておけばよかったなあ」と思ってもらうのが精いっぱいですね。それさえ難しいかも。・・・いつからこんなの読んでるんだっけ。

最近は都内でも緋寒桜をよく見ます。卒業して、東京に出てきた時もあったんだなあ・・・。

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まずはこんな言葉は如何でしょうか。中学生や高校生向き、なのですが中学生や高校生に言ってもなあ・・・。

悠悠前途、莫問栄枯。得之本有、失之本無。

有道之言也。

これはわたしが発明したのではなく、南宋・胡仔「苕渓漁隠叢書」という本に書いてあるコトバです。こんな知識人のコトバでなくても、

夫世間語、有極有理者。

例えば、

少飲不済事、多飲済甚事。有事壊了事、無事生出事。

若能守此戒、豈復為酒困乎。

そうはいきませんよね。だいたい、しらふでもこんな人いますしね。

また言う、

聞事莫説、問事不知、間事莫管、無事蚤帰。

若能践此言、豈不省事乎。

最後に、唐代の詩にこんなのがあったはず。

莫将間話当間話、往往事従間話生。

誠有味乎、其言之也。

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清・金埴「不下帯編」巻六より。味わいあっていいコトバだなあ、と思ったのですが、しょせん東洋の清代のコトバですから、現代の若いみなさんが自己啓発セミナーで聞いてくるコトバの百万分の一ぐらいのさらに下の方のゴミみたいな価値しかない、とみなさんに思われても仕方ありませんね。先週、明治大学阿久悠記念館に行って、少年時代によく聞いたコトバをたくさん読んでまいりました。今日のお話は、ほんとに「懺悔のねうちもない」ですが、こんなおじいさんになってしまったんだなあと反省を籠めて書いております。
それより、これこそいい話(これも岡本全勝HPのミキハウスのえらい人の話にリンクしようとしたんですが、当該ページが開けなくなったんです)しているではありませんか。読んでおいた方がいいと思います。

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