誠有味乎(誠に味有らんや)(「不下帯編」)
中学校の同窓会か・・・(岡本全勝HPによる。開けなくなってしまいました)。懐かしくて( ;∀;)がにじみますが、あのころの夢はどうなってしまったんだろうなあ。というより、あのころどんな夢を見ていたかさえ覚えてないような気がします。東京に言って薬〇丸ひろ子先生に会ってみたい!というのは高校時代だなあ。中学校のころ何考えて生きていたのであろうか。
自分が中学生のこととか思い出すと、おそらく大人に何か言われてもわけわからへんだと思いますわ。怒鳴られてもわからへんだんですもん。
うーん。漢文は大人に読んでもらって、「ああ、もっと若いころに聞いておけばよかったなあ」と思ってもらうのが精いっぱいですね。それさえ難しいかも。・・・いつからこんなの読んでるんだっけ。

最近は都内でも緋寒桜をよく見ます。卒業して、東京に出てきた時もあったんだなあ・・・。
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まずはこんな言葉は如何でしょうか。中学生や高校生向き、なのですが中学生や高校生に言ってもなあ・・・。
悠悠前途、莫問栄枯。得之本有、失之本無。
悠悠たる前途、栄枯を問うなかれ。これを得るも本より有り、これを失うも本より無し。
はるかな前途の中で、出世できるだろうかとか落ちぶれるのはイヤだとか、考えてはいけない。何かを得ることができたとしても、それはもともとお前さんが持っていたものだし、何かを失ったとしても、それはもともとお前さんが持っていなかったものなのだから。
有道之言也。
有道の言なり。
この世の仕組みをよくわかったことばではありませんか。
これはわたしが発明したのではなく、南宋・胡仔の「苕渓漁隠叢書」という本に書いてあるコトバです。こんな知識人のコトバでなくても、
夫世間語、有極有理者。
それ、世間の語に、極めて理有るもの有り。
さて、世俗のコトバに中にも、きわめて道理の有るものがありますね。
例えば、
少飲不済事、多飲済甚事。有事壊了事、無事生出事。
少飲すれば事を済(な)さず、多飲すれば甚(なに)の事をか済さん。有事には事を壊し了(おわ)り、無事には事を生出す。
少々飲酒すると物事に失敗する。それならたくさん飲んだら、何事を仕出かすだろうか。問題がある時ならそのことを完全にぶっ壊してしまうだろう。問題が無い時なら何か問題を起こすだろう。
若能守此戒、豈復為酒困乎。
もしよくこの戒を守れば、あにまた酒のために困ぜんや。
もしこの戒めをよく守っていれば、二度とお酒で失敗することはなかろうに。
そうはいきませんよね。だいたい、しらふでもこんな人いますしね。
また言う、
聞事莫説、問事不知、間事莫管、無事蚤帰。
聞事は説くなかれ、問事は知らずあれ、間事は管するなかれ、無事には蚤帰せよ。
聞いたことは他の人に話すな。
何かを訊かれたら知らないことにしておけ。
ヒマな時にする遊びごとには関係するな。
何も無いときには早く家に帰れ。
若能践此言、豈不省事乎。
もしよくこの言を践まば、あに事を省かざらんや。
もしこのコトバをよく実践できれば、しなくていいことをしないでいられるだろうに。
最後に、唐代の詩にこんなのがあったはず。
莫将間話当間話、往往事従間話生。
間話を将(もち)いて間話に当たるなかれ、往往事は閒話に従(よ)りて生ず。
どうでもいい話に対してどうでもいい話をしてはならん。往往にして要らない問題はどうでもいい話から始まるのじゃ。
誠有味乎、其言之也。
誠に味有らんや、そのこれを言うや。
本当に味わい有るではないか、このコトバには。
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清・金埴「不下帯編」巻六より。味わいあっていいコトバだなあ、と思ったのですが、しょせん東洋の清代のコトバですから、現代の若いみなさんが自己啓発セミナーで聞いてくるコトバの百万分の一ぐらいのさらに下の方のゴミみたいな価値しかない、とみなさんに思われても仕方ありませんね。先週、明治大学阿久悠記念館に行って、少年時代によく聞いたコトバをたくさん読んでまいりました。今日のお話は、ほんとに「懺悔のねうちもない」ですが、こんなおじいさんになってしまったんだなあと反省を籠めて書いております。
それより、これこそいい話(これも岡本全勝HPのミキハウスのえらい人の話にリンクしようとしたんですが、当該ページが開けなくなったんです)しているではありませんか。読んでおいた方がいいと思います。
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