3月7日 また明日寒くなると言うがウソであろう

百年無貨(百年貨無し)(「後漢書」)

昨日の「藿食者」のお話を読んでいただけましたか。今日はそれを読んでいただいた人しか読んではいけません。

昨日の記事読んでないひとはこの柄杓で「ぼかん」ですこと。メディアも物の言い方からお変えになられるとようございますわよ。

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後漢の劉陶は、貨幣の改鋳が立案されたとき、上書して言った、

藿食之人、謬延逮及。

蓋以為当今之憂、不在於貨、在乎民飢。夫生養之道、先食後貨。

由是言之、食者乃有国之所宝、生民之至貴也。竊見比年已来、良苗尽於蝗螟之口、杼柚空於公私之求、所急朝夕之餐、所患靡塩之事、豈謂銭貨之厚薄。

「貨幣の厚い薄い」は現代の管理通貨制度のもとでは意味をなさないので、今後は「通貨の高低」と訳しておきます。

使百姓渇無所飲、飢無所食。雖皇羲之純徳、唐虞之文明、猶不能以保蕭牆之内也。

蓋民可百年無貨、不可一朝有飢、故食為至急也。

人民には百年ももつ高価な貨幣や宝玉などは要りません。食べ物が要るんです。

此猶養魚沸鼎之中、棲鳥烈火之上。水木本魚鳥之所生也。用之不時、必至焦爛。

瞰三光之文耀、視山河之分流、天下之心、国家大事、燦然皆見、無有遺惑者矣。

・・・なんだそうです。

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「後漢書」巻五十七「劉陶等列伝」より。飯食えないと怒りますよ。人民もイヌネコも。そうなると神仏も怒るかも。
後漢の劉陶は最後に言う、

臣東野狂闇、不達大義、縁広及之時、対過所問、知必以身脂鼎鑊、為天下笑。

・・・結局、貨幣改鋳のことはなされなくなった。株式より今日の食い物が大切だと気づいてもらえたんでしょう。

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